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「この木の下に、埋めてあったはずですわよね」
頬さんがいとおしそうに「みんなの木」の幹をさすりながら、穏やかな声でそう言った。
「うん、そうだよね。でも、木のどっち側だったかとか、全然覚えてないな~」
「あんたの記憶力は、もともとあてにならないけど。どっちにしても七年も前のことだから、土は踏み固められちゃってるわね」
微妙に失礼な気がしなくもない言葉も交えつつ、美子ちゃんは冷静に分析する。
この木は、その名前が示すとおり、みんなに親しまれてきた木だった。
校庭の片隅――昇降口から校庭を直線で結んだ途中に立っている、みんなの木。
まともな道として整備されている部分ではないのだけど、近道になるため、この木の横を通り抜けていく人はあとを絶たなかった。
また、天気のいい土曜日には、この木の下でお弁当を広げて食べている、という光景もよく見られた。
わたしや美子ちゃんも、そうやって弁当を食べた経験がある。
東山小学校は、田舎町の寂れた学校ではあったけど、お昼は通常、給食になっていた。
だけど、運動会など特別な日には、給食が出ないこともあった。そういったときには、お弁当を持ってくるのが普通だった。
学校の敷地から出るのは禁止されていたけど、給食とは違って教室で食べることを強制されてはいなかったため、校庭や中庭なんかで食べる人も結構多かったのだ。
こうやっていろいろと思い出してみると、懐かしさが止め処なく溢れてくる。
「うっわ~、相変わらずでっかいな~、この木!」
「ほんと、あの頃のままだね。懐かし~」
「……なんか、すっごく歳をくった人のセリフっぽいぞ、それ!」
「……もう、感慨にふける乙女の気持ちを曇らせるなんて、デリカシーのない人だよね、まったく」
突然、そんな会話の声が響き渡る。
振り向くとそこには、ふたりの女の子が立っていた。
二之腕ゆらりさんと、保黒夕菜さん。もちろん小学校の同級生だったメンバーだ。
「わ……わぁ~! 二之腕さんに保黒さん!」
「おっす! 久しぶりだな!」
まぶしいほどの笑顔を浮かべて、勢いよく大声を向けてくる二之腕さんと、
「暑さも少しは和らいできて、よかったね。ということでお久しぶり、江窪さん、吹浦萩さん」
対照的に落ち着いた物腰で会釈をする保黒さん。
二之腕さんはスポーツ万能で、確か中学ではソフトボール部に所属していたと思う。
男の子っぽい喋り方をしてはいるけど、れっきとした女の子だ。
さばさばした印象で清々しいのはいいのだけど、ちょっと声が大きすぎるのが玉にキズ、って感じかな。
もう一方の保黒さんは、メガネがよく似合う、見るからに優等生然とした雰囲気の女の子だ。
その容姿から当然のごとく浮かんでくる期待を裏切ることなく、真面目な彼女。小学校で同じクラスとなったときにはずっと学級委員を任されていた。
おそらく、違うクラスとなった中学校でも、学級委員をやっていたことだろう。
「へ~、ふたりは一緒の高校に行ったのね」
美子ちゃんが新たに加わったふたりをまじまじと見つめて、そう言った。
なるほど、二之腕さんと保黒さんは、確かに同じ制服を着ていた。
「そうだよ。ここからだと電車で一時間くらいかかっちゃうから、アパートを借りてるの」
「夕菜の親戚がアパートを経営しててさ、あたいまで部屋を用意してもらえたんだよ。それも学割価格で!」
保黒さんが控えめに説明する声を乗っ取るかのように、二之腕さんがはしゃいだ大声をつなげる。
そんな楽しそうな表情の二之腕さんに、こんなことを言っては悪いと思って口には出さなかったけど……。
二之腕さん、よく保黒さんと同じ高校に受かったなぁ……。
ふたりが着ているのは、県内でも有数の進学校である、桜ヶ丘学院の制服だった。
保黒さんは真面目で成績も優秀だったから、それも頷けるのだけど。
二之腕さんのほうは、お世辞にも頭がいいとは言えないような成績だったはずなのに。
もっとも、中学ではクラスも違ったわけだし、小学校時代とは変わっていったのかもしれないけど。
といったことを、わたしは頭の中だけで考えていたのだけど。
「その制服、桜ヶ丘よね? あんたの頭でよく受かったわね~」
容赦なくそう言い放ったのは、思ったことをすぐ口にしてしまう美子ちゃんだった。
そんな失礼な言葉を受けたにもかかわらず、二之腕さんはまったく気にしていない様子で、大口を開けて笑いながら答える。
「あはは! 確かにあたいはバカだけどさ。ま、やればできる子だったってことかな!」
「くすっ。ウチと一緒の高校に行くんだって、頑張ってたもんね。中三の三学期に入ってからだったけど」
すかさず保黒さんが言葉を添えて、フォローを入れていた。
このふたり、いいコンビだな~。わたしは素直にそう思った。
「ところで、そっちは……」
ふと、視線を蚕ちゃんに向けながらつぶやく二之腕さん。
「え~っと……」
学級委員だったはずの保黒さんまでもが、首をかしげている様子だった。
「はみゅ~ん、忘れてしまったのですか? 悲しいです~」
蚕ちゃんは、すねた素振りで口を尖らせる。
「……ほら、彼女をよ~く見てみなさいな」
『……あ!』
美子ちゃんが促すと、二之腕さんと保黒さんは同時に思い出したようだ。
そして、声を揃えてこう言った。
『ロリちゃんだ!』
「はみゅ~ん、結局、そうなってしまうのですね……」
ふたりの予想どおりの言葉に、蚕ちゃんはやっぱり、がっくりと肩を落としながら、なにやらぶつぶつとつぶやいていた。
☆☆☆☆☆
それにしても、こうして昔の友達と集まるのって、ほんとに楽しいな。
わたしは自然と笑顔になっていた。
名字が示すとおりなのか、笑うとえくぼが出るわたしを、美子ちゃんも温かな笑顔をたたえながら見つめてくれている。
きっと、美子ちゃんも同じように思っているに違いない。
美子ちゃんだけじゃない。頬さんも、二之腕さんも、保黒さんも、蚕ちゃんも、きっと同じ思いなのだろう。
和気あいあいとした空気が、わたしたちをタイムスリップさせて昔に戻してくれたかのように、優しく包み込んでいた。
人数も増えてきたから、それに比例して楽しさも増しているのは明らかだった。
約束の四時まで、あともう少し。
わたしたちは楽しいお喋りタイムに身を委ねながら、他のみんなの到着を、今か今かと待ちわびていた。
★★★★★
……う~ん……。
どうしたのでしょうか、妙に騒がしいですわ……。
あら、まぁ。
なにやら、面白そうな人たちが来ているみたいですわね。
わたくしは、久しぶりに感じた楽しそうな思念に、目を覚ましてしまったようでした。
……あら、この感覚は……。
あの子とあの子……。
ふふふ、そうなんですのね。楽しくなりそうですわ。
おそらく最後になるであろうイベントの予感に、わたくしは年甲斐もなく期待に胸を躍らせるのでした。