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「あっ、そうだ。今日集まる場所って、あそこじゃなかったっけ?」
ふと思い出した記憶。
「そういえば、そうだったわね」
美子ちゃんも思い出したみたいだ。
わたしが指差すその場所には、青々とした葉が生い茂る一本の大きな木が立っていた。
「みんなの木……。懐かしいっ! あの頃と変わらないね~」
「卒業してから五年も経ってないんだから、これくらいの大木ともなったら、そうそう変わるはずがないじゃない」
感慨にふけるわたしに、冷静なツッコミを入れる美子ちゃん。
バシバシ。
当然ながら美子ちゃんの手は、わたしの頭を容赦なくはたいているのだけど。
「あうあう、美子ちゃん、痛いってば~」
いつもどおりのわたしと美子ちゃんのふざけ合い。
その様子を、蚕ちゃんは微かな笑みをたたえながら、眺めていた。
「ふたりは本当に、仲がいいですね~」
そう言ってくれる蚕ちゃんに、美子ちゃんがすかさず答える。
「ま、笑歌はちょっと異常だけどね。あっちの趣味があるからさ、この子」
「あはっ、なるほど~」
納得顔の蚕ちゃん。
「って、ちょっと、なに納得してるの~? だいたい、あっちの趣味ってなんなのよ~?」
わたしの声に、ふたりとも答えを返してはくれず、ただただ面白そうに笑い続けていた。
☆☆☆☆☆
ひとしきり笑われ続けたあと。
わたしたちは、話題に出したきり忘れ去られていた、かつて「みんなの木」と呼ばれていた大木の前まで移動してきた。
笑われていたわたしとしては、どうして笑われていたのかもよくわからないし、ちょっと納得がいかないところもあったのだけど。
あまり細かいことは気にしない主義だから、ふたりを問い質したりなんて野暮なことはしないのだ。
みんなの木は、随分昔に卒業記念樹として植えられたクスノキだった。
ひときわ高く育ったクスノキは、小学校の校庭の片隅で、とっても大きな存在感を漂わせていた。
ずっとこの小学校の生徒たちを見守ってくれていた大木が、今では生徒の声を聞くこともなく、乾いた風にさらされ続けているなんて。
なんだか、すごく悲しい気持ちになってしまう。
それは、美子ちゃんや蚕ちゃんにしても同じだったのだろう。みんなの木を見上げる彼女たちは、ひと言も口を開かなかった。
「あら? 笑歌さんと美子さんではありませんか?」
おっとりとした声が響いたのは、わたしたちがそんな静かな雰囲気に包まれているときだった。
「あら、あなたは……頬さんね」
「わ~、頬さん、久しぶり~!」
美子ちゃんとわたしは声を重ねて、話しかけてきた彼女に歓迎の意を向ける。
彼女は頬財閥のご令嬢、頬桃さん。そう、大金持ちのお嬢様なのだ。
お金持ちの世界では下の名前にさんづけで呼ぶのが流儀らしく、頬さんも他の人の名前を呼ぶときには、下の名前にさんづけするのが常だった。
頬さんがこんな田舎町に住んでいたのは、彼女のお母さんが自然に囲まれて暮らしたいとわがままを言ったからだったらしい。
でもお父さんのほうは、ひとり娘である頬さんの教育をしっかりしたいと考えていたようで、小学校卒業とともに私立のお嬢様中学校へと入学させることにした。
その中学校は全寮制だったため、頬さんはこの町を出ていかざるを得なかった。
つまり頬さんとは、小学校卒業以来の再会ということになる。
娘さんだけをこの町から遠い都会に行かせるわけにはいかなかったのだろう、ご両親も学校の近くに家を建て、そちらに移り住むことになったのだとか。
「その制服、白鷺学園よね? 今でもやっぱり、お嬢様学校路線まっしぐらなのね。さすがだわ」
美子ちゃんがうっとりとした視線を頬さんに向けている。
白鷺学園というのは、お金持ちばかりが集うお嬢様学校で、ひらひらのフリルがついた可愛い制服も有名な高校だ。
「ふふふ、ですが学園には殿方がおりませんから、今日はちょっとドキドキしているんですよ」
頬さんが上品な仕草でおほほと笑う。
小学校以来だけど、懐かしくてとっても温かな気持ちに包まれる。
やっぱり昔の友達と会えるのって、すごく嬉しいな。
と、そんなわたしに、美子ちゃんがそっと耳打ちしてきた。
「ライバル登場かしらね?」
美子ちゃんはそう言って、ニタニタと笑っている。
「もう~、そんなんじゃないんだってば~!」
「うふふ、おふたりは相変わらず仲がよろしいのですね」
からかいの言葉を向けてくる美子ちゃんと、その言葉で真っ赤になっているわたし。
そんな様子を見て、頬さんはやっぱり、たおやかな笑顔をこぼしていた。
「ところで、そちらのかたは……」
頬さんはすっと視線を蚕ちゃんに向けると、記憶をたどりながらも首をかしげる。
わたしや美子ちゃんでも思い出すのに時間がかかったし、蚕ちゃんってちょっと影が薄かったのかもしれない。
「なに言ってるのよ。この幼い容姿を見れば、一目瞭然でしょ?」
「……あ~! ロリちゃんですわね! やっと思い出しました!」
美子ちゃんに誘導されるかのように、どうにか蚕ちゃんのことを思い出す頬さん。
それにしても、やっぱり最初に思い出すのは、ロリちゃんっていうあだ名なのね。
ふたりのやり取りを眺めていた、当の蚕ちゃん本人は、
「う~、またしても、すり込みにドジっちゃったみたいです~」
などと、またもやよくわからないつぶやきを漏らしていた。