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「それにしても、懐かしいわね~」
美子ちゃんが少し薄汚れた校舎を眺めながら、そうつぶやきを漏らす。
「うん……。当時のいろいろな思い出が、白波のように次から次へと繰り返し押し寄せてくるかのよう……」
わたしも昔を懐かしむ遠い目になって、小学校時代に思いを馳せていた。
とっても恥ずかしいセリフのような気もするけど、それでも美子ちゃんはいつもみたいにからかったりなんかせず、わたしと同じようにちょっと潤んだ瞳で校舎を眺め続けていた。
そんなわたしたちの様子を、ただ静かに見つめている、ロリちゃんこと、蚕ちゃん。
相変わらず可愛らしい彼女に、思わず顔も緩む。
だけど……あれ?
小学校の当時、蚕ちゃんと遊んだ記憶を思い返そうと躍起になってみたものの、わたしはまったく思い出すことができない。
ん~? 一緒に遊んだりしていた友達だってことはわかっているのに、どうして実際に遊んでいる場面を思い起こすことができないのだろう?
「……ねぇ、美子ちゃん……」
なんだか不安になってしまい、無意識に美子ちゃんの袖を引っ張る。
わたしって、ここまで記憶力がなかったんだっけ?
……声に出して尋ねたとしたら、「記憶力ゼロなのは昔からじゃない。あんた自覚なかったの?」なんて答えが返ってくるに決まってるけど。
それでも、思った以上に不安な気持ちがにじみ出ていたのか、美子ちゃんはそっとわたしの肩を抱きしめてくれた。
言葉にしなくても、わたしの気持ちをわかってくれているんだ。
わたしは美子ちゃんを抱きしめ返しながら、胸をほわ~んと温かくさせていた。
「大丈夫よ。廃校だからってべつに怖くないわ。お化けなんていないから、安心しなさいな」
…………力いっぱい、勘違いされてました。
全然わかってくれてないじゃん!
う~、感動した時間を返せ~!
確かにわたしは、昔っから怖がりだけど……。
そういえば、みんなしてわたしを怖がらせて面白がっていた、なんてこともあったっけ。
……やっぱりわたしは昔っから、いじられキャラだったようです。
☆☆☆☆☆
廃校となったこの東山小学校の他に、わたしたちの住む町にはもうひとつの小学校、西山小学校がある。
今では、この付近に住む小学生も、そっちの小学校に通っているはずだ。
結構距離があるから、通学も大変だろうな、と思うのだけど。
わたしみたいにトロい子だと、一時間以上かかるんじゃないだろうか。
不便な時代になったものだ。思わず年寄りじみた感想を持ってしまう。
それはともかく、わたしたちが毎日通っていた頃、この東山小学校は一学年に一クラスしかなかった。
だから、同い年の人はみんなクラスメイト、ということになる。
当時、この町にはふたつの小学校があったわけだけど、中学のほうは中山中学校ただひとつだけだった。
そのため、中学校に上がると一学年に二クラスできることとなり、そこでクラス分けというものを初めて体験した。
ちなみにわたしと美子ちゃんが今通っている東山高校は、こんな田舎町にありながらも一応は進学校ということになっているので、それなりに人が集まってきている。
そういった人たちのために、大きな寮まで完備していたりするのだ。
言うまでもなく、近くに住んでいるわたしと美子ちゃんには、まったく必要ないのだけど。
高校の話は置いておくとして、小学校時代からの友達で、中学でも同じクラスになれたのは、美子ちゃんと、そしてもうひとりの男子だけだった。
小学校時代からの友達というと、今日集まる予定のメンバーだけでも八人くらいいたはずだから、わたしも美子ちゃんも、微妙に運が悪かったと言えるのかもしれない。
「そういえば笑歌、今日来るはずよね。……あんたの愛しのキミが」
ニヤニヤと笑みを浮かべてそんな言葉を向けてくる美子ちゃん。
愛しのキミ、というのがすなわち、中学でも一緒のクラスになれた男子、海路潮騒くんだった。
「ちょ……ちょっと、美子ちゃん、なに言ってるのよぉ~! べつに、そんなんじゃないってば~!」
真っ赤になっているのが自分でもよくわかったけど、そんなことに構ってはいられない。
わたしは目いっぱいの否定を返す。
だってほんとに、そんなんじゃなかったのだから。
そりゃあ、海路くんのことは嫌いじゃなかったし、ちょっと気になる男子だったのは確かだけど。
当時のわたしはまだ、好きとか恋愛とか、そういうことを全然気にしてなんていなかった。
美子ちゃんも含めてみんなで一緒に楽しく過ごせていれば、それで幸せだったのだ。
いやまぁ、それは今でもあまり変わっていないのだけど。
男の子に対して、いいな~って思ったりすることも、あるにはあるのだけど、親友である美子ちゃんを好きって思う気持ちと、そんなに変わりないくらいにしか思えない。
美子ちゃんに言わせれば、お子ちゃま、ということになるんだろうな。
でも、べつにいいじゃん。わたしはわたしだもん。
その海路くんという男子は、中学に入って最初の夏休み前くらいだったと思うけど、お父さんの転勤の都合で転校することになってしまった。
転校したあとは連絡を取ったりもできなかったから、もし今日来てくれるのなら、四年ぶりくらいの再会ということになる。
記憶の中では中学一年生の姿で止まっていることになるから、高校二年生となった海路くんがどんな感じになっているのか、それを考えただけでも楽しい気分になる。
も……もちろん海路くんだけじゃなくて、他の友達も同じくらい、どうなっているのか楽しみなんだけどっ!
「笑歌、あんたひとりで、なに真っ赤になって焦ってるの? 相変わらずの妄想癖炸裂中ってわけ?」
美子ちゃんの容赦ないツッコミで、わたしはさらに顔を真っ赤に染める。
「あはっ、笑歌ちゃん、真っ赤っかです! トマトみたいです!」
形勢逆転したのがそんなに嬉しいのか、蚕ちゃんまでわたしにからかいの言葉をぶつけ始めていた。
「む~、ロリちゃんにからかわれるなんて、なんか納得いかないよ~!」
思わず蚕ちゃんに向けて不条理な反論を放ってしまったのも、当然の流れというものだよね、うん。
「はみゅ~ん、それこそ、納得がいかない言われようです~」
文句を返してくる蚕ちゃんの言葉を、わたしは当たり前のようにスルーするのだった。