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なつまほ  作者: 沙φ亜竜
第5章 時を超えた宝物です~
30/33

-6-

「この校舎は、もうすぐ取り壊されることになってるんだ」


 海路くんはゆっくりと、それでいてはっきりとした声で続けた。


「取り壊すときは爆破して解体することになってるから、爆薬が設置してあったんだよ」


 ……え? そうなの?

 もしそうだったら、勝手に入ってきちゃったのは、すごく危険だったんじゃ……。

 わたしはそう思ったのだけど。

 海路くんの顔が、不意にいたずらっぽい笑みに変わる。


「ま、そういうことにしておこう」


 そう言って、ウィンクをした。


「大丈夫。ぼくの親戚は町長なんだから、ちょちょいっと操作すれば、あっという間だよ」

「うわ~、海路くんって、そういうことをしちゃうような人だったんだ!」


 意外に思ったわたしは、つい正直に思ったことを言葉に出してしまう。

 さすがに悪かったかなと、すぐに口を押さえはした。もちろん、手遅れなのだけど。

 海路くんはそれを聞いても、まったく動じた様子はなかった。


「大切な人たちのためならね」


 ニコッと笑う海路くん。

 今度はさっきと違って、とても優しい微笑みだった。


 はうっ、海路くん、カッコいい……。


 自然とそんな想いが湧き上がってくる。

 そんなふうにわたしが考えているなんて、気づきもしないのだろう、海路くんはさらに話を続けていた。


「ぼくは一年前に死んだあと、今住んでいる家の辺りを漂っていたんだ。でも、タイムカプセルを掘り返す約束を覚えていたから、数日くらい前だったかな、この町に戻ってきたんだよ」


 幽霊となった海路くんは、生前に関わりの深かった場所でしか存在できないらしい。

 この町に住んでいた頃の家は借家だったから、今は別の人が住んでいる。そのため、そこにはいられなかった。

 学校でみんなを待つということも考えたけど、久しぶりに学校に来たんだという感慨をみんなと分かち合いたいと思い、それはやめておいた。


 だから海路くんは、親戚である町長の家に身を置いた。

 姿を消していたから、親戚の人は誰も気づくはずがない。

 そこでひっそりと時間が経つのを待っているあいだに、廃校になったあと、そのまま放置されていた東山小学校の取り壊し計画のことを耳にした。


 どうやら若者たちが夜な夜な侵入し、溜まり場になっているようで、近所の住民から不満の声が上がっていたそうだ。

 夜中でも大声で話したり、花火やら爆竹やらを持ち込んだり、そういったことまであった。

 それで、どうにか資金の目処も立ったことから、今になってようやく取り壊し計画が進み始めた。

 まだ正式に発表されてはいなかったけど、秋頃から本格的に重機が入り、取り壊し作業が開始されるところだったのだという。


「だからこそ、みんなの心にこの学校での思い出をより深く刻み込んでもらいたくて、タイムカプセルを屋上に隠そうと考えたんだ」


 海路くんは淡々と語る。

 取り壊しのことを聞いて、いても立ってもいられなくなった海路くんは、この学校へと足を運んだ。

 正確には、すーっと飛んできたと言うのが正しいのかもしれないけど。


 ともかく、廃校となって久しい小学校に入ると、幽霊となっていた海路くんは、自分と同じような存在がたくさん漂っていることに気づいた。

 学校には怪談がつきものだけど、それはある意味、当然のことらしい。

 多感な時期のたくさんの生徒が集まるのだから。

 若さ溢れる思いの力というものは、想像もできないほどの強さを持っている。

 そういった生徒たちの様々な思いは、未来永劫、学校に残ることとなる。


 海路くんみたいに死んでしまった生徒の幽霊もいれば、付喪神というのだろうか? 生徒たちの思いが物に宿ったような霊もいる。

 そういった霊たちは、自分たちの存在に気づいてほしいものなのだと、海路くんは優しく語った。

 人体模型や骨格標本も、ピアノや音楽家の肖像画も、屋上の植物たちも、必死にアピールしていたんだ、と。

 そんな幽霊たちの存在に気づいてほしくて、海路くんはわたしたちを理科室や音楽室へと導いていった。


 そして最後に、タイムカプセルを埋め直しておいた、この屋上へとたどり着く。

 ここで見た花火が、海路くんの心にも一番強く残っていたから。

 今日がちょうどその花火大会の日だったから。

 だから、最終地点としてここを選んだ。そういうことだったのだ。


「この学校での思い出と、ぼくがみんなと一緒にいたんだということを、忘れないでほしい」

「うん……」


 ちょっと悲しさをも含んだような海路くんの声に、みんな、肯定の意思を返していた。


「それと、もうひとつ……」


 すっと体の向きを変え、わたしを正面に見据える海路くん。


「江窪さんに、想いを伝えたかった。それで、その手紙を渡したんだ。でも……」


 でも……?

 どうしてそこで、そんな逆接の接続詞を用いるのか、わたしには理解できなかった。

 困惑した表情のわたしに、海路くんはさらに言葉を続ける。


「でも、余計なことだったのかもしれないね。渡さずに、捨ててしまえばよかったのかもしれない。だって、ぼくはもう、死んでるんだから……」


 寂しそうな、苦しそうな、そんな顔で微かに声を震わせながらつぶやきを漏らす海路くんに、わたしはきっぱりと言い返した。


「余計なことじゃないよ! えみか、嬉しいよ! ほんとに、ありがとう。えみかも、海路くんのことが……大好きだよ!」


 それを聞いて――さっきは睨みつけるような視線によって止められたその言葉を聞いて、海路くんはいつもの見慣れた笑顔を、いや、今まで見たこともないほどに明るい笑顔を、わたしに向けてくれた。


「江窪さん、ありがとう。だけど、ぼくのことを忘れてほしくはないけど、もし他にいい人が現れたら、気にしないで幸せになってね。江窪さんの幸せが、ぼくの望みでもあるんだから」

「あう……でも……」


 わたしは意を決して、生まれて初めての告白に対して、生まれて初めてのイエスの言葉を返したのだ。

 相手はもうこの世にいない存在だとわかってはいるけど、わたしの想いに嘘はない。

 一生このまま、海路くんだけを想って生きていこう。そう覚悟を決めていたというのに。

 そんなわたしに、


「幸せになってくれなかったら、呪っちゃうからね? ぼくはこれでも、幽霊なんだから!」


 海路くんは、そう言って満面の笑みを送ってくれた。


「はう。……う……うん、わかった……」


 世界でただひとり、わたしだけに届けられた、最高の笑顔によって飾られたそんな言葉を聞かされたら、否と答えることなんてできるはずもなかった。

 海路くんは満足そうに微笑むと、すーっとその姿を薄れさせながら、吸い込まれそうなほどの星空へと昇っていく。


 やっぱり、本当に幽霊だったんだ。

 今ようやく、成仏っていうのかな? こうして天に召されようとしているのだ。

 それを感じて、温かな雫が瞳を伝って流れ落ちていくのを、わたしは止めることができなかった。


「みなさんで潮騒くんの想いを――彼の最後の姿を、笑顔で見送ってあげてくださいです」


 蚕ちゃんが言葉を添える。

 自分の役目はこれで終わりだと、締めくくるかのように。


「わかったわ。でもロリちゃん、あなたも最後の仕事をするのよ。海路くんを見送るために、踊りなさい!」


 湿っぽくなっていた中に、美子ちゃんの凛とした声が響く。


「ほえ? どうしてですか? わらちが踊るのは魔法を使うためで……」

「踊れ!」

「はひっ!」


 焦りながら反論を返していた蚕ちゃんだったけど、美子ちゃんの一喝によって、言われたとおり踊り始めた。

 あははっ! 楽しく送り出してあげようってことね。さすが美子ちゃんだわ!


 と、仕方なく踊り始めていた蚕ちゃんを、みんなと一緒に笑顔で見つめていたのだけど。

 美子ちゃんはそんなわたしに向けて、こんなことを言い放った。


「なにやってんの、笑歌。あんたも踊るのよ!」

「えええっ!? ど……どうして~?」

「あんたが一番、海路くんに想いを返してあげなきゃいけないでしょうが!」


 そう言われたら、わたしとしても拒否できるはずがない。

 わたしも蚕ちゃんと合わせるようにして、海路くんが昇っていく満天の星空へと向けて、踊り始めるのだった。

 それを見た美子ちゃんの言葉。


「ふふふ、本当に踊ったわ、この子! 笑歌をからかうのって、やっぱり楽しいわね!」


 はう、美子ちゃんひどい……。

 だけどそれも、美子ちゃんなりの優しさなのだ。

 それがわかっているわたしは、蚕ちゃんとともに踊り続けた。


 夜空へと昇っていく海路くんも、そんなわたしたちの様子を見て、笑顔をこぼしているように思えた。

 その微笑みに溶け込んでいくかのように、やがて海路くんの姿は光のベールに包まれ、そして、完全に消え去った。

 残されたわたしたちの心には、かけがえのない夏の日の思い出が、この先もずっと消えることのない青春の証として刻み込まれていた――。




 ★★★★★



 ふふふ、幽霊のあの子、ちゃんと想いを伝えられたのですね、よかったですわ。

 わたくしも、ちょっとだけ頑張ってみた甲斐があったというものです。


 最後の夏の、いい思い出になりました。

 もうこれで思い残すこともありませんわ。


 あとはみなさんと一緒に、もうひとりのあの子に最後のお礼を伝えて、すべて終わりに致しましょう。

 気分が晴れやかだからなのでしょうか、降り注ぐような一面の星空が、今まで長年見てきた中で一番輝いているように思えました。


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