-3-
わたしたちの母校――東山小学校は、生徒数の減少という理由で、三年ほど前に廃校となってしまった。
山あいの村というわけではないものの、わたしたちの住むこの田舎町はとってものどかな雰囲気を漂わせている。
一応電車は通っているのだけど、朝夕の時間帯でも一時間に一、二本程度しかない。
そのため、高校生といえども通学するのはなかなか難しく、この町を出ていく人が多いのだ。
実際、同じ高校に進学した美子ちゃん以外、中学校時代の友達はみんな、それぞれ自分の通う学校の寮に入ったり、下宿したり、といった感じだった。
タイムカプセルを埋めたとき、ちょうど七年後の今日、夕方四時に集まろうと決めた。
高校生になっているはずだから、みんなそれぞれの学校の制服で来よう、ということも約束した。
中学生の頃はたびたび会うこともあったけど、高校に入ってからは全然会っていないメンバーばかり。
みんなが本当に今日のことを覚えているのか、ちょっと不安になってしまう。
とはいえ、今日集まるということを、改めて連絡し直したりはしていない。
覚えている人だけ、集まればいいよ。そういう約束でもあったのだ。
でも、わたしは信じている。きっとみんな、来てくれるってことを。
もちろん、地元に住んでいるわたしや美子ちゃんと比べたら、町を出た人たちはここまで来るのも大変だろう。
だけど、思い出は誰にだって大切なもの。
そのためなら、たとえどこにいたとしても、この町に戻ってきてくれるに違いない。
タイムカプセルを埋めたメンバーは、毎日のようにはしゃぎ回って一緒に遊んでいた友達だったのだから、なおさらだ。
わたしだけではなく、あのとき一緒にいた全員にとって、かけがえのない思い出となっているはずなのだ。
☆☆☆☆☆
ファーストフード店で少し休んできたとはいえ、日差しはまだ強い。
約束の四時まで、まだ一時間以上ある。
はやる気持ちを抑えられなかったわたしたちは結局、早々にファーストフード店を出て、こうして時間前に目的地へと到達してしまっていた。
汗が首筋を伝って流れ落ちるのを感じながら、わたしは美子ちゃんとふたり、廃校となった東山小学校の前に立つ。
廃校となって三年。
人の気配はないものの、校舎や体育館など、すべてがそのままの姿でたたずんでいた。
廃校となった小学校とはいっても、校舎を解体したり敷地をならしたりするのにもお金がかかる。
田舎町といった様相のこの町に、そんなお金を出せる余裕なんかないということなのか、母校は通っていた当時と変わらない姿でわたしたちを迎え入れてくれた。
それはまるで、今日わたしたちがここに来るのを待っていてくれたかのようにすら思えた。
もっとも、今は夏休みなのだから、仮に廃校となっていなかったとしても、人の気配がないのは変わりなかったのかもしれないけど。
「懐かしいね~」
「うん、そうね」
感慨にふけっていたわたしの声に、美子ちゃんも同意を示してくれた。
わたしは美子ちゃんとふたり、並んで門の前に立つ。
正門は閉ざされているものの、通用門のほうのカギは開いていた。
わたしたちが通っていた頃、田舎の学校だからか、正門だって閉め切られることは稀だったのだけど。
さすがに廃校となった今、侵入者を阻むため、正門は閉めているのだろう。
といってもこの正門は、小学生の頃ですら簡単に登って乗り越えられる高さしかなかったのだから、あまり役には立っていない気がする。
ともかく、わたしたちは通用門を開ける。
なんとなくドキドキしながら、卒業してから入ることのなかった小学校敷地内へと、一歩、足を踏み出した。
「あっ、お久しぶりです~!」
まだ早い時間だからということで油断していたわたしたち。
いきなりかけられたその声に、思わずびくっと身を震わせてしまった。
声のしたほうを振り返ると、そこには可愛らしい女の子がひとり、微かな笑顔をこちらに向けながら立っていた。
「あ~~~~~っ! ……え~っと……、ごめん、誰だっけ……?」
わたしは彼女が誰なのか、すぐには思い出せなかった。
あれ~? 変だな~。
一緒にタイムカプセルを埋めたメンバーだったら、ちゃんと覚えているはずなのに。
やっぱり、忘れてるだけ? わたしって、ここまで大ボケだったのかな。
……美子ちゃんに尋ねたらきっと、あんたはどこまでも大ボケだわ、なんて答えが返ってきちゃうだろうけど。
と、その美子ちゃんのほうも、懸命に記憶をたぐっている、といった様子だった。
「はみゅ~ん、覚えてないですか? わらちは、夏陽蚕ですよ~」
女の子は、ちょっと頬を膨らませながら、そう名乗った。
「あ……あ~、そっかそっか、思い出したわ。蚕ちゃん……。っていうか、ロリちゃんね!」
彼女の名前を聞いて、美子ちゃんがのどもとからようやく飛び出したというふうに、たぐり寄せた記憶を口に出して反芻していた。
「ロリちゃん……、ああ、そうね~! ロリちゃんだ! わ~、久しぶり~! 相変わらず、可愛いね~!」
美子ちゃんの言葉を聞いて、わたしもやっと思い出すことができた。
わたし自身も背はとても低いけど、さらに輪をかけて小さくて、とっても可愛らしい感じの蚕ちゃん。
クラスのみんなに、可愛がられていたんだっけ。
「はみゅ~ん、すり込み、ちょっとドジっちゃったかもです~……」
懐かしさにはしゃいだ声を上げるわたしと美子ちゃんの前で、蚕ちゃんはなにやらよくわからないことをつぶやきながら頭を抱えていた。
「あの~……、さすがにロリちゃんってのは、嫌なんですけど~……」
蚕ちゃんは口を尖らせて言葉を返してくる。
そんな蚕ちゃんの様子は、そのあだ名がピッタリというほどの可愛らしさをたたえていたのだけど。
「え~? 当時は喜んでたじゃない」
「うん、可愛くていいと思うよ~!」
美子ちゃんの声に、わたしも同意の言葉を重ねる。
ふたりがかりの攻勢に、蚕ちゃんも納得してくれたのか、はたまた諦めたのか、
「はみゅ~ん……。わかったです、もうそれでいいです。わらちは、ロリちゃんです!」
はっきりとそう言い放った。
だけど、そんな声にもツッコミを入れるのが、美子ちゃんの特性というもので。
「自分で『ちゃん』づけっていうのも、なかなか図々しいわよね~」
「はみゅ~ん! わらちは、どうすればいいんですか~……」
涙目でいじける蚕ちゃんを、そのあとも美子ちゃんはひたすらいじりまくった。
うん、やっぱり楽しい。
蚕ちゃんはちょっとかわいそうな感じがしなくもないけど、それでもこんなやり取りだって、懐かしさを感じさせるイベントと言えるだろう。
いじられて涙目になってる蚕ちゃんのほうにしたって、明るい笑顔を浮かべているのだから。
もう少しすれば、他の人たちも集まってくるはずだ。
それまでは、こうして他愛ないお喋りに興じながら、待っていればいいんだわ。
わたしはそう考えて、蚕ちゃんへの攻撃に加担するのだった。
「それにしてもやっぱり、ロリちゃんは小学生並みの小ささだよねっ!」
「はみゅ~ん! 笑歌ちゃんまで一緒になって、ひどいです~!」
蚕ちゃんの喜びの声が、まだ暑さの残る夏の空気に響き渡る。
「喜びの声じゃないです~……」
などというつぶやきは、当然のごとく無視する方向で。
「笑歌ちゃんだって、わらちと大して違わない背の低さですのに~……」
「ふっふっふ、ぱっと見、2センチくらい高いよっ!」
「あまり変わらないってば」
バシバシバシ。
美子ちゃんがわたしの頭をはたく。
「はうあう~、わたしの背が伸びないのは、絶対に美子ちゃんのせいだよ~!」
わたしたちのじゃれ合う明るい声は、懐かしくたたずむ校舎に反響しているのか、静かな廃校の敷地内に響き続けていた。