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なつまほ  作者: 沙φ亜竜
第5章 時を超えた宝物です~
29/33

-5-

 蚕ちゃんの疑問の声によって、和やかな雰囲気は崩された。


「わらちの魔法と、潮騒くんの想い。それ以外に、別の思念が入りまじっていたような気がしますです」


 口を閉じて注目するわたしたちの前で、蚕ちゃんはそう言葉を続ける。

 誰も答えを見つけられない。

 沈黙の時間が訪れた。


「……それは、ウチだよ」


 その沈黙を破ったのは、保黒さんだった。


「ウチは……海路くんのことが好きだったの」


 小学校四年生の当時、いや、今でもその想いは続いているのだろう、海路くんのことが好きだったという保黒さん。

 引っ越してしまい、会えなくなってはいたものの、みんなで約束した今日、来てくれるだろうということはわかっていた。

 だからあらかじめ学校に入り、いろいろと仕込んでいたのだという。


 保黒さんは数日前からこの町に戻ってきていた。

 そして仲のいい二之腕さんと、たまたま連絡の取れていた頬さんと三人で、ここ、東山小学校に入った。


「あたいは、夕菜の想いを知ってたからね。喜んで協力したんだ」


 二之腕さんは、穏やかな表情で言葉を添えた。頬さんも、黙って頷いていた。


 保黒さんは最初に、タイムカプセルをどこかに移動させようと考えた。

 でも、埋めたはずの「みんなの木」の根もとには、タイムカプセルがなかった。

 掘り起こした跡が微かにあり、あまり時間が経ってなさそうだったことから、今日来る予定の誰かが移動させたのだろうと予想はついた。

 少しでも長く懐かしい友人たちと一緒にいたいという気持ちは、やっぱりみんな同じなのだ。


 ともかく、タイムカプセルがないとなれば、みんなはそれを探すはずだ。

 勉学をともにした小学校に集まるのだから、隠すとしたらおそらくは校舎のどこか。

 それも容易に想像できた。

 だからこそ校舎へと侵入し、職員室にラジカセを持ち込んでおいたり、家庭科室にもタイマーで着火する装置をセットしておいたりと、仕掛けを施していった。


「家庭科室の火は、思ったより強くなりすぎてしまったけど。ロリちゃんが魔法で水をまいてくれなかったら、大変なことになってたよね」


 第二特別棟の一階で天井が崩れてきたのも、保黒さんが仕込んでいた仕掛けだった。

 もともと老朽化がひどく、崩れかけていた部分を発見した保黒さんは、二之腕さんと頬さんにも協力してもらい、リモコンで激しく振動する機械を設置しておいたようだ。


 少し振動を加えれば、天井の一部が崩れて落ちてくるだろう。

 さりげなく海路くんの近くに寄っておき、その下を通過中に天井を崩せば、きっと助けてくれるに違いない。

 そんなシチュエーションを思い浮かべていたらしい。


「こっちの仕掛けも、老朽化がひどすぎたからか、想像以上に崩れてしまったんだけどね」


 ダメだね、計算ミスばっかり。

 保黒さんは自嘲気味につぶやいていた。


「天井が崩れて、瓦礫で分断されてしまったとき、ウチは焦ったよ。だって、海路くんと分かれてしまったんだから。もう一方には江窪さんがいたから、ふたりを一緒にしてしまったと思ったの」


 わたしに視線を向けながら、保黒さんはそう言った。

 小学生の頃、海路くんがわたしに想いを寄せていることには気づいていたのだという。

 今でもそうなのかはわからないけど、失敗した。そう思い、急いで合流しようとした。


 第一特別棟へ向けて廊下を進んだ保黒さんたち。

 ふたつの特別棟を結ぶ廊下部分は二階建てだったから、一旦第一特別棟まで戻り、階段を上って第二特別棟を目指した。

 ちょうどわたしたちが理科室から出て、階段を上り音楽室へと向かう辺りで、わたしたちを視界に捉えられる距離にまでは来ていたようだ。


 ただ、どうも海路くんはいないみたいだということに気づいた。

 しかもわたしたちが入っていった音楽室からは、なにやら音楽が流れてくる。

 保黒さんたちは、ドアの窓から中をうかがっていたそうだ。

 もちろん二之腕さん、頬さん、土布先くんも一緒に。


「天井が崩れて分断されたあと、話を聞いていた。だからオレも、保黒さんに協力した」


 土布先くんは、いつもどおりの静かな口調でそう言った。

 音楽室の様子をうかがっているとき、二之腕さんが不注意で物音を立ててしまったらしい。

 そういえばあのとき、廊下側からなにか音が聞こえたような記憶もある。


 やがてわたしたちが音楽室から出たときには、保黒さんたちは音楽準備室に隠れていた。

 隠れる必要なんてなかったけど、どうしても海路くんがいないのが気になったのだという。


 準備室のドアから外の気配をうかがっていると、最初にひとり通り過ぎ、あとから四人通っていったように思えた。

 すぐに追いかけ始めると、うっすらと見える後ろ姿は、海路くん以外の四人。

 とすると、最初のひとりは海路くんだったということになる。


 保黒さんは、全員いるのならと安心した。

 そこで、みんなが階段を上り、屋上へ向かっていることに気づく。

 きっとタイムカプセルはそこにあるに違いない。この頃には、そう予想できていた。


 だったら、気づかれないようにこっそり背後から近づいてびっくりさせる、といういたずら作戦を決行しよう。

 保黒さんは二之腕さんたちに、そう提案した。

 タイムカプセルを見つけるという一大イベントなのだから、少しでも印象に残る演出を追加したいと思ったわけだ。


 でも、背後から驚かすなんて地味な演出よりも、何倍も土派手な演出が、屋上では繰り広げられることになったのだけど。

 さすがに異常を察した保黒さんたちは、屋上に飛び出してきた。

 そこから先は、わたしたちも見ていたとおりだ。


「ともかくウチは、罪を償わないと……」


 保黒さんは神妙な面持ちで、震える声をしぼり出した。


 そっか……。

 確かにタイムカプセルを掘り返すイベントだったとしても、火事を起こしかけたり、天井を崩したり、少々規模が大きくなりすぎた。

 器物損壊、ということになるのだろうか。

 それを言ったらわたしたち全員が、不法侵入の罪に問われると思うのだけど……。


 今にも涙をこぼしそうな保黒さんの表情に、なんとなくいたたまれない気持ちになっていたわたし。

 それなのにわたしには、なにも声をかけてあげられなかった。


「べつに償うことなんてないでしょ。誰もケガをしたりしてないんだし」


 わたしとは違ってしっかり者の美子ちゃんが、迷うことなく意見を述べる。

 さすが美子ちゃんだわ。わたしも、そう言ってあげたかったんだ。


「だけど校舎を崩したりもしたし、消し止めたはしたけど火事も起こしてしまった。器物損壊の罪は免れないでしょ?」


 それでも保黒さんは、自分の罪が裁かれることを覚悟しているかのように、美子ちゃんに言い返していた。

 みんな、口ごもってしまう。

 ただひとりを除いて。


「そんなことないよ」


 優しい声で保黒さんを包み込んだのは、爽やかな微笑みをたたえた海路くんだった。


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