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「……あれ? ロリちゃんの宝物は?」
保黒さんが怪訝そうな声を上げる。
「おや? みんなで一緒に集まって埋めたはずだよな? 今日集まったのは、そのときのメンバーのはずだし」
来武士くんも疑問を口にする。
わたしはまだ海路くんに言葉を止められたことに困惑しながらも、そんなみんなを見渡していた。
蚕ちゃんが数歩前に出て、こちらを振り返る。
続けて、深々と頭を下げた。
「みなさん。騙していて、ごめんなさいです」
蚕ちゃんが、ちょっとおかしいというか、なにか変だということを、わたしは感じていた。
だけど実際には、その予想を遥かに超えていたようだ。
「わらちは、魔法使いなんです」
え~っと……。
ツッコミを入れるべきなのかな~と思わなくもなかったけど、とりあえずここは黙って話を聞いておくことにする。
「わらちは、昔を懐かしむ『懐古』の強い念に引き寄せられて、その人のもとを訪れます。昔を懐かしむ心って、誰でも持っているものだと思いますです。今回は、潮騒くんの懐古の念によって、この場に紛れ込ませていただきました」
蚕ちゃんは海路くんとあらかじめ会っていて、今日のことを聞き、この学校まで来た。
魔法の力を使って、タイムカプセルを一緒に埋めたメンバーのひとりだったと思わせて、紛れ込んでいたのだという。
「ただちょっと魔力が弱いところがあって、思いどおりにならなかった部分も……。ロリちゃんって呼ばれてたなんてこと、わらちは望んでなかったです……」
蚕ちゃんは少しいじけたような表情で、そう愚痴をこぼす。
確か最初にロリちゃんって呼んだのは……美子ちゃんだ。
考えてみたら、小学生同士が呼び合うんだから、そんなあだ名をつけられているわけないよね。
「ふふ、あたしってどうも、霊感みたいなのがあるみたいなのよね。だから、ロリちゃんがなにかおかしいっていうのは、初めから感じていたわ。でも面白そうだったから、なにも言わずにいたのよ」
美子ちゃんはやっぱり平然とした顔でそう言い放った。
そういえば美子ちゃんは、そのあとも他のみんなが来るたびに、蚕ちゃんの容姿に注目させて、ロリちゃんと呼ばれていたという方向に流れを操作していたような気がする。
海路くんだけはロリちゃんって呼ばなかったけど、それはあらかじめ会っていたからってことか。
「だいたいわらちは、十五歳なんです。美子さんたちよりも年下なんですから、少し幼く見えるのは当然なんです~」
反論する蚕ちゃんだったけど、
「あら、十五歳にだって見えないじゃない。せいぜい十歳くらい? ほら、やっぱりロリちゃんがピッタリだわ!」
「はみゅ~ん、美子さんは意地悪です~……」
案の定、美子ちゃんの反撃を食らっていた。
それにしても……。
どうも腑に落ちない。
蚕ちゃんは海路くんの懐古の念に引き寄せられてこの学校に来たと言った。
でも、それだけだったら、べつに蚕ちゃんがわたしたちの中に紛れ込む必要もないと思う。
わたしたちは今日、この屋上に至るまで、いろいろと不可思議な状況に陥っていた。
家庭科室の火事とか、動く人体模型とか、勝手に鳴り出すピアノとか、歌う音楽家の肖像画とか、屋上の植物とか……。
蚕ちゃんが来てくれたのは、そういった事態からわたしたちの身を守るためだったのだろうか?
とすると、蚕ちゃんのあの踊りは、そのための魔法だったということになる。
……どうして踊りなのかは、よくわからないけど。
とはいえ、仮にそう考えたとしても、不可解なことはまだたくさんありそうだ。
わたしが頭を悩ませている、そんな中。
海路くんがするりと前に歩み出て、そっと蚕ちゃんの隣に並ぶ。
そして、それを見た蚕ちゃんは、こんな言葉を続けた。
「潮騒くんは、一年前に交通事故で亡くなりました。ここにいる潮騒くんは、いわゆる幽霊なんです」
……え?
わたしは耳を疑った。
ともあれ、そう言われれば海路くん本人にも、不可解な点はたくさんあった。
その最たるものが、天井が崩れてきたときのことだ。
わたしは海路くんに突き飛ばされる形で助かったけど、そのあと、声はしたものの姿は見ていない。
分断された保黒さんたちのほうにも、いなかったのだろう。
幽霊だから、瓦礫に潰されても問題がなかった。瓦礫の中に隠れていた、ということなのだ。
さらには人影が見えたときも、それを追うように促したのは蚕ちゃんだった。
ドアをすり抜けてわたしたちを導いた、あの人影。
あれは幽霊の海路くんで、蚕ちゃんはそのことを知っていたのだ。
海路くんは幽霊――。
そう考えれば、最初に遅れて現れたのも頷ける。
集合時間の四時ではまだ明るかったから暗くなるのを待っていた。夕立の雲のおかげで日没を待たずに暗くなったため、そのタイミングでわたしたちの前に現れたということだったのだろう。
実際に言葉にしてみると、海路くんはいつもの笑顔のまま、小さく頷き返してくれた。
「やっぱり、そうだったのね」
衝撃の事実に、納得しているような声を上げたのは、わたしすぐ横に立っている美子ちゃんだった。
「……やっぱり……? 美子ちゃん、知ってたの?」
「知ってたというわけでもないけど、そういう話を、前もって聞いていたのよ。……来武士くんからね」
え……?
質問に答えてくれた美子ちゃんの言葉を聞いて、わたしは余計に疑問符を浮かべる。
どうして、来武士くんから?
そんなわたしの視線を感じたからだろう、美子ちゃんはさらに説明を加えてくれた。
美子ちゃんは昔、来武士くんからラブレターをもらい、告白されたことがあったのだという。
結局、つき合ったりはしなかったものの、たまに連絡を取ってはいたらしい。
今ではケータイの番号も交換していた。
今回、みんなで集まるということで、美子ちゃんは数日前にも連絡を取っていた。
そこで来武士くんから聞いていたのだ。
海路くんが、事故で亡くなったという噂を小耳に挟んだ、と。
来武士くんは、海路くんとケータイ番号とメールアドレスの交換していたけど、引っ越した家の場所や電話番号までは知らなかったそうだ。
海路くんが最初に姿を見せたときに言っていたように、ケータイもメールもつながらない状況で、確認しようにもできなかったのだろう。
つまり、来武士くんとしても確実な情報として知っていたわけではなかったのだ。
来武士は、「もしそうなら、みんなに連絡したほうがいいのかな?」と美子ちゃんに相談した。
それに対する美子ちゃんの答えは、否、だった。
来武士くんと仲のいい土布先くんも含め、誰にも話しちゃダメだと、美子ちゃんは念を押した。
事実かどうかもわからないのなら、せっかくの気分に水を差すこともない、そう言って。
そっか……。美子ちゃんと来武士くんは、知ってたんだ。
だから最初に海路くんを見たとき、来武士くんの反応がちょっとおかしかったのね。
「ただ、なにかおかしいという感じは、ずっとしていたの。それは来武士くんも同じだったみたいね。ちらちらとあたしに視線を向けてきていたし」
「やっぱりちょっと、怖いなって思いもあってさ……」
バツが悪そうにぼやく来武士くん。
あっ、そうか。だから美子ちゃんは自ら来武士くんの手を握ったりしてたんだ。
なんだかんだ言っても、優しくて面倒見がいいんだよね、美子ちゃんって。
そんなふたりのことは、この際、置いておくとして……。
わたしはじっと海路くんを見つめる。
海路くんも、微かな笑みを浮かべながら、わたしを見つめ返してくれた。
否定の言葉はない。
やっぱり、海路くんは幽霊なんだ。
そんなわたしの考えを読んだかのように、美子ちゃんが口を開いた。
「そうすると笑歌は、雷怖い~とか言いながら、幽霊に抱きついてたってわけね」
「は……はう~」
美子ちゃんは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、そんなからかいの声をかけてきた。
わたしには、はう~と唸ることしかできなかった。
そんな言葉を聞いた海路くんは、笑顔から寂しそうな表情に切り替えて、わたしに控えめな視線を向けていた。
「……そうだよね、幽霊だもん。……ぼくのこと、やっぱり怖いって思うよね……」
泣きそうな声を漏らす海路くんに、わたしは、
「そ……そんなことない! 海路くんなら、幽霊だって怖くないよ!」
素直な叫び声を上げていた。
わたしたちは、和やかな雰囲気に包まれた。
美子ちゃんの言葉が引き金となって、場が和むというのは、よくあることだった。
美子ちゃんってたまに、ちょっとひどい言葉を放ったり、ちょっとひどい行動を始めたり、といったことがあるけど、それは周りを和ませるための言動なんだ。
わたしの頭をはたくのだって、きっとそういうことなんだ。……たぶん。
みんなと同じように、わたしも穏やかな気持ちになっていた。
ただ、ここまで聞いてもまだ、納得できない部分はあった。
海路くんがどうしてこの屋上にタイムカプセルを埋め直したのかということだ。
前にも考えたとおり、少しでも長く懐かしい仲間との時間を楽しみたい、という理由は確かにあったのだろう。
だけど、それだけではないような気がする。
わたしはそう考えていた。
そのことを口にしようとするわたしだったけど、それよりも早く、蚕ちゃんが疑問の声をこぼした。
「でも、なにかおかしかったんですよね」