-3-
「あっ、それ、ウチのぬいぐるみ」
頑丈に密封してあったブリキ缶のフタを開け、中に入れられた各自の宝物との、七年ぶりの顔合わせが始まっていた。
タイムカプセルを埋めた七年前、「みんなの木」の根もとで、わたしたちはブリキ缶を用意してくれた海路くんに宝物を手渡し、中に入れてもらった。
だからなのか、取り出し役も、海路くんが買って出た。
その海路くんの手のよって、最初に取り出されたクマのぬいぐるみは、保黒さんの宝物だったようだ。
「クマのアイゼンハウワー伯爵だよ」
……なぜにアイゼンハウワー。なぜに伯爵。クマなのに。
と思わなくもなかったけど、確か当時ちょっとだけ流行った、そういう名前の商品だったことを、わたしは微かに覚えていた。
でも、流行りものに飛びついていたあたり、真面目な学級委員といえども、普通の女の子だったんだわ。
いとおしそうにクマのぬいぐるみを抱きしめながら、保黒さんは温かな笑顔を浮かべていた。
「おっ。あたいのも出てきたな」
次に出てきたのは、どうやら二之腕さんの宝物のようだ。
スポーツ万能で、男らしい二之腕さん。
こんなこと口に出して言ったら、笑いながらみぞおちを殴ってくるかもしれないけど。
ともかくそんな二之腕さんが、どんな宝物を埋めていたのかというと……。
「『お花畑探偵団』『夢と海の吐息』『ガラスのりんご飴』……って、マンガ?」
「うむ。あたいが好きだった少女マンガたちだ。懐かしいなぁ~」
取り出されたそれらのマンガ本は、何度も繰り返し読んでいたのだろう、カバーの端がところどころ破れ、ボロボロの様相を呈していた。
「ゆらりってば、小さい頃から少女マンガが大好きな夢見る乙女だったもんね~」
うっとりとした懐古の熱い視線を少女マンガの数々へと向けている二之腕さんに、保黒さんはちょっと呆れも含みつつも優しげな表情で言葉をかける。
「……その夢見る乙女が、今はどうしてこうなってしまったんだか」
そして、ぼそっとつぶやく来武士くん。
「なんか言った?」
「い……いや、なにも……!」
二之腕さんに鋭い眼光で睨み返され、慌ててごまかしていた。
「ともかく、次だ次!」
「はいはい。え~っと……」
来武士くんに急かされて、海路くんが次に取り出だしたるは……、
ダ……、
ダイヤの指輪!?
「あっ、それはわたくしのですわ」
微笑みを送りつつ、来武士くんの手から指輪を受け取ったのは、頬さんだった。
「小学校の入学祝いに、おじい様から頂いた指輪です。四年生になったときに新しい指輪を頂いておりましたので、前の指輪は思い出としてタイムカプセルに仕舞わせてもらったのですわ」
……はぁ、そうですか……。
そんな感想しか浮かんでこない。
くそ~、いいな~お金持ちって。
次に出てきたのは、プラモデル。来武士くんの宝物だった。
「ちゃんと塗装までしたんだぜ、これ!」
嬉々とした表情でここは苦労したんだ、とか、いろいろと語っていた。
うん、なんというか、男の子っぽい。
続いては、土布先くんの宝物。小さなキャンバスに描かれた、リンゴとバナナの油絵だった。
「これ、初めて描いた油絵」
土布先くんはその油絵を受け取ると、懐かしそうに頬を緩めながら眺めていた。
「次は、あたしのね」
そう言って一枚の写真を受け取ったのは、美子ちゃんだった。
そこには、肩を抱き合って笑っているわたしと美子ちゃんの姿が映っていた。
「あたしにとっての宝物は、笑歌だから」
「美子ちゃん……」
「一番好きで肌身離さず持っていたこの写真を、タイムカプセルに入れたんだったわ」
美子ちゃんの言葉に、ちょっと恥ずかしくてむずがゆいような、温かな気持ちに包まれる。
「他にもたくさん笑歌の写真を持ってるわよ。イライラしたときにぬいぐるみに顔写真を貼って頭をバシバシはたくと、結構落ち着くのよね。とっても役に立つわ」
……余計なことをつけ加えて、わたしの温かな気持ちをぶち壊してくれちゃったけども。
そのあとに取り出されたのは――。
「あ……わたしの」
それは、可愛らしい花柄リストバンドだった。
ついさっき、花火を眺めていて思い出した、わたしがタイムカプセルに入れた宝物。
宝物をタイムカプセルに入れて埋めよう。
そう言われたわたしは、バカ正直に、生まれて初めて男の子からもらった大切なプレゼントを、タイムカプセルに入れたのだ。
もちろん、海路くんの了承は得た。
「このリストバンド、タイムカプセルに入れても、いい?」
と訊くと、笑顔で頷いてくれた。
今だったら、とても大切なプレゼントなんだから、埋めたりなんかせずにずっと手もとに置いておきたいと思うだろうけど、当時のわたしって(自分で言うのも恥ずかしいけど)純粋だったから。
そんな大切なものをタイムカプセルに入れていたというのに、どうしてわたしはついさっきまで忘れてしまっていたのだろう。
「……懐かしい」
わたしは受け取ったそれを、ぎゅっと握りしめた。
手のひらに広がる七年ぶりの温もりは、わたしの心を小学校四年生の当時に戻してくれるかのように思えた。
「で、これがぼくの宝物」
海路くんが手にしているのは、一通の封筒だった。
タイムカプセルに手紙を入れておいたということか。
海路くんは丁寧にその封筒を開け、中から便箋を取り出す。
七年後の自分へ、とかいう内容なのかな?
なんて思っていたのだけど。
すっと、その手紙が差し出された。
わたしの目の前に。
「え?」
困惑しながらもそれを受け取ると、手紙に書かれた文章を、わたしは目で追って読んでみた。
…………。
ぼっ!
思わず一瞬にして真っ赤になったわたしに、周りで見ていたみんなが、どうしたの? と声をかけてくる。
だけど今のわたしには、そんな声もほとんど耳に届かなかった。
だってその手紙には、こう書かれてあったのだから。
『江窪笑歌さん、好きだよ。海路潮騒』
☆☆☆☆☆
ぽーっと呆けていたわたし。
手紙をのぞき込まれて、他のみんなにもその内容を見られてしまった。
ひゅーひゅーと冷やかす声がこだまする。
そんな中、海路くんは微かに頬を染めながら、いつもの笑顔を絶やさずに語り始めた。
「手紙を見られちゃうのは恥ずかしいから、これを埋めたときに自分で缶を持ってきて、中に入れる役目を買って出たんだ。そして今日、こうして取り出す役目もね」
海路くんは、小学校四年生の当時、わたしに恋心を抱いてくれていたらしい。
頻繁に声をかけたり、ちょっかいを出したり。子供っぽいけど、少しでも自分の存在を認識してほしかったのだという。
そばにいないときでも、ずっと視線を向けていた。だから、美子ちゃんがわたしをからかったりすると、海路くんがいつも慰めてくれたんだ。
でも、告白する勇気までは出せなかった海路くんは、美子ちゃんに相談したことがあったそうだ。
そのときの美子ちゃんの答えは、「笑歌は女の子が好きだから、ダメなんじゃない?」というものだった。
……って、美子ちゃんってば、いったいなにを言ってるのよ!?
思わずその当時の美子ちゃんにツッコミを入れたくなるけど。
美子ちゃんとしては、冗談のつもりだったのだろう。
それなのに、海路くんは真に受けてしまった。それで、可愛い服とか小物とかを身に着けるようになったのだとか。
お姉さんに相談してみたら、とても楽しそうにメイクアップしてくれたらしい。
どうやら海路くんは、お姉さんにもおもちゃにされていたようだ。
「あたしの言葉で海路くんがそういう格好をしてるってことには、もちろん気づいてたわよ。でもま、面白いから放っておいたの」
美子ちゃんは平然とそう言ってのけた。
……悪魔だ、この子。だけど、美子ちゃんらしいや。
それにしても。
海路くんは、こうして今、わたしにその手紙を渡してくれた。
ということは、もしかしてもしかしたら、今でも、その……そう、なの?
湯気が立ち昇らんばかりといった勢いの真っ赤な顔で、わたしは海路くんを見つめる。
海路くんは、笑顔を返してくれた。
ということは、やっぱり、そういうこと……なんだよね?
わたしは、恥ずかしさと嬉しさと困惑とが入りまじってパニックになりながらも、しっかりと結論づける。
じゃ……じゃあ、ちゃんと、お返事しなきゃ、ダメだよね……?
今ならはっきりと、わたしは自分の気持ちを理解できている。
わたしは、海路くんのことが、好き。
ごくりとツバを飲み込み、わたしは返事の言葉を伝えようと、口を開く。
と――、
キッ!
突然真顔に戻った海路くんに、睨まれたようにも思える視線を向けられてしまった。
思わずわたしは口をつぐんでしまう。
「これで、全部だよ」
海路くんはブリキ缶のフタを閉めながら、わたしの言葉を遮るかのように、そう告げた。