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商店会主催の花火大会は、毎年七月の最終土曜日に開かれる。
七年前の今日、タイムカプセルを埋めた小学校四年生だったわたしたち。だけど、その日は土曜日ではなかった。
それよりも数日前、土曜日の夜にわたしたちはこの屋上へ来ていた。
夏休み中、みんなで集まって花火を見よう。
クラスでそう提案して、見晴らしのいいこの屋上の使用許可を得た。
わたしや美子ちゃんたちだけでなく、同じクラスのみんなが、この屋上で空を見上げていた。
小学生だけで夜の学校に集まるなんて、許されるわけもない。
当然ながら、担任の先生も一緒だった。
屋上には、クラスごとに与えられえた区画があり、そこには菜園や花壇などが作られていた。
わたしたちのクラスの区画は、さらに四つに区切られ、それぞれの世話を担当する班が決まっていた。
ひとつの班は七~八人で、いわゆる「好きな者同士」で分かれた。
そしてわたしの加わっていた班のメンバーが、今回のタイムカプセル掘りで集まった面々なのだ。
七年前の花火のときには、それぞれの班ごとにまとまり、自分たちの担当区画の前に集まって、星空を彩る光と音のイルミネーションを楽しんでいた。
そのときも、今と同じように、わたしの隣には海路くんが寄り添うように並んで立っていた。
普段、真夏でも長袖の服しか着ない海路くんは、その日もやっぱり長袖だった。
ただ、夜になっても生温かい空気が辺りを包み込んでいたからだろうか、珍しく袖まくりをしていた。
夜だから、日に焼ける心配はない。そういう心理からだったのかもしれない。
花火の光に照らされ、海路くんの右手首に可愛らしい花柄のリストバンドが巻かれていることに、わたしは気づいた。
「あっ、それ、可愛いね~」
他の人の邪魔にならないよう、海路くんの耳もとに口を寄せる感じで、わたしはささやいた。
それ、というのがリストバンドのことを指していると、わたしの視線からすぐに理解したのだろう、海路くんは、
「これ? あはは、ありがとう。といっても、お姉ちゃんからもらったお古なんだけどね。……そうだ、もしよかったら、これ、あげるよ」
と言いながらリストバンドを外し、わたしが遠慮の声を上げる間もなくそっと腕を取ると、わたしの手首にそれを通してくれた。
微かに残る海路くんの温もりを感じて、わたしの心の中も温かくなったような、そんな気がした。
「あ……ありがとう……。でも、ほんとにいいの?」
いとおしそうにリストバンドを撫でながら、わたしはお礼の言葉を返す。
「うん。気に入ってくれたみたいだし、もらってくれたら嬉しいな」
花火のように明るい笑顔を咲かせる海路くんからそんなふうに言われたら、遠慮してやっぱりもらえないよと返してしまう、なんてことができるはずもなかった。
こうしてわたしは素直に、海路くんからの初めてのプレゼントをもらったのだ。
そんなことがありつつ、花火の音に祝福されたわたしたち仲よしグループは、七年前もこの屋上に並んで花火大会の終わる時間まで、夜空を見上げ続けた。
わたし、海路くん、美子ちゃん、来武士くん、土布先くん、保黒さん、二之腕さん、頬さん……。
――あれ?
誰か、足りないような……?
わたしはふと、まだ少し雨にぬかるんだままの屋上の床に、スカートが汚れるのも気にせずべったりと体育座りしながら、花火を眺めている蚕ちゃんに目を向けた。
――そうだ……蚕ちゃんはあのとき、いなかった……。
あのときは、クラス全員で集まったはずだ。
もちろん夏休み中だから、用事のある人は来ていなかったかもしれないけど、それでもなんとなく、そうではないと確信できた。
そうだ、蚕ちゃんは、いなかった――。
そこに思い至ったわたしの耳に、来武士くんの声が響いてきた。
「あ……あれ、もしかして、タイムカプセルじゃないか?」
来武士くんが指差す先――わたしたちが世話をしていた花壇のヒマワリたちの根もと。
その周辺の土が少し盛り上がり、くすんだ鈍い色を放つブリキ缶の一部が顔を出していた。
みんな、そこへ駆け寄り、屈み込む。
そして土を優しく払い、ブリキ缶を掘り起こした。
「やっぱり、タイムカプセルだ!」
来武士くんの声に、全員が頷く。
ブリキ缶のフタには、油性ペンで書いたと思われる、「たいむかぷせる」という下手くそな文字がはっきりと見て取れたからだ。
……どうして、ひらがなで書いたんだか。それにすごく下手くそだし。
さすがに口には出さなかったけど、そんな失礼な思いが浮かんできた。
と、気にせずに失礼な考えを口にした人がいた。
それは言うまでもなく、美子ちゃんだ。
「やっぱり汚い字だわ。笑歌に書かせたのは間違いだったかもね」
……あうあう、この字を書いたの、わたしだったのかっ!
そんなわたしたちを見渡しながら、海路くんはこう宣言する。
「おめでとう、みんな。宝探しゲーム、見事クリアだね!」
月明かりに照らし出された海路くんの頬は、なぜかほんのり赤く染まっているように見えた。