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ドーン! ドーン!
わたしたちに襲いかかってきた光と音。
それは、花火だった。
綺麗なたくさんの色彩が夜空を染め上げ、それに合わせて、遥か彼方まで響き渡るような爆裂音が、心をも揺らす重低音を奏でる。
見渡す限り闇の空間が広がっていたはずの空は、一片の雲もない星空へと変貌を遂げていた。
そのこぼれ落ちんばかりの星屑たちを従えるかのように、丸く弾ける花火の色彩が、次から次へと押し寄せて花開く。
そうだ。
今夜は近所の河原で花火大会が行われる日だったのだ。
八月半ばにある町を挙げての大花火大会と比べると規模が小さいため、ついつい忘れてしまいがちだけど、毎年七月の終わりにもこうして花火大会が開かれていた。
商店街の主催で宣伝もそれほど多くないせいか、毎年、花火の音が鳴っているのを聞いて初めて気づくという感じなのだけど。
小学生の頃にも、こうして屋上で見たことがあった。
「みんな、大丈夫!? すごい音がしたけど、爆発かなにか!?」
突然、保黒さんが血相を変えてドアから屋上へと飛び出してきた。
その背後には、二之腕さん、頬さん、土布先くんの三人の姿もある。
保黒さんたちは、屋上を見渡して驚きの表情を浮かべていた。
それはそうだろう。
なにやら植物が壁のように絡み合い、ヒマワリがぐにゃぐにゃと不規則な軌跡を描きながらわたしたちを取り巻いているのだから。
とはいえ、すでにわたしはツルから解放されているし、取り囲んでいた植物の壁もその包囲網を緩めている。
保黒さんたちが出てきたドアや菜園、花壇なども、わたしたちの目から確認できるようになっていた。
そしてわたしたちには、笑顔すら浮かんでいる。
それを見れば、今この場に出てきたばかりの保黒さんたちであっても、わたしたちが無事だということだけは理解できたのだろう。
まだ困惑気味ではあったものの、保黒さんたちの顔は安堵の表情へと変わっていく。
「海路くんも、無事だったんだね。よかった……」
保黒さんは、そうつぶやいた。
――え? 海路くんは、保黒さんたちと一緒だったんじゃないの?
階段の手前で瓦礫の崩落によってふた手に分断されたわたしたち。
そのとき、わたしと同じ側にいたのは、美子ちゃん、蚕ちゃん、来武士くんの三人だけだった。
声をかけ合い、みんな無事だというのは確認した。
だから、残りのメンバー、すなわち、保黒さん、二之腕さん、頬さん、土布先くん、そして海路くんは、瓦礫の山の向こう側に、一緒にいるものだと思い込んでいた。
だけど、違っていたというのだろうか?
あのときの瓦礫は、第二特別棟の階段前にある天井から落ちてきたものだった。
その際、わたしたち四人は、階段側にいた。
階段前の空間は、階段自体も含めれば十字路ということになる。
とすると、最大四ヶ所に分断される可能性はある。
でも、分断されたときに聞こえた声は、全員同じほうから向けられたように感じた。
だからこそわたしは、残りのメンバーがみんな一緒だと思ったのだ。
あれはわたしの聞き間違いで、実際には海路くんだけ、別の場所にいたということなのだろうか?
もしくは、海路くんは保黒さんたちと一緒に行動していたけど、途中でひとりだけ、はぐれてしまったということも考えられるかもしれない。
歩み寄ってくる保黒さんたちの様子を見守りながら、わたしはそんなふうに考えを巡らせていた。
ドーン! ドーン!
新たな客人を祝福するかのように、光と音のコラボレーションが再び夜空を彩り始める。
この七月の花火大会では、人手が少ないといった理由からなのか、それとも単純に花火の玉の数の問題なのか、数発打ち上げられると若干の間を置いてから次が打ち上げられる形式になっていた。
派手さもない、少々地味めな花火大会ではあるものの、その独特の間が、涼しい夜風と相まって余計に厳かな雰囲気を盛り上げる。
そんなところも、小規模ながら、中止されることなく長年続けられている理由のひとつなのかもしれない。
花火を見上げ、保黒さんたちが感嘆の吐息を漏らす。
「そういえば、今日は花火大会の日でしたね。……懐かしいですわ」
頬さんは両手を胸の前で組み合わせながら、上空で繰り広げられる光と音のハーモニーに酔いしれていた。
あとから屋上に出てきたメンバーだけではなく、あらかじめ屋上にいた美子ちゃんたちも、同じように花火を見上げて物思いにふけっている。
疑問はいくつも浮かんだ。
ともあれ、どうせ質問しても花火の音でかき消されてしまうだろうし、それよりも今はこの光と音の芸術とも呼べる幻想的な時間を大切にしたい。
そう思ったわたしは、保黒さんたちに質問攻めを開始したりなんていう無粋なことはせず、ただただ夜空を眺めていた。
わたしのすぐ横には海路くんが寄り添うかのようにたたずみ、穏やかな表情で一緒に花火を見上げている。
こうしてわたしたちは、夏の風物詩である一大イベントを心ゆくまで堪能し、その光景を思い出の一ページとして刻みつけるのだった。