-5-
人影のようなものは、またもや階段のほうへと向かう。
それを慎重に追っていくわたしたち。
廊下を進み、階段のそばで一旦止まった影は、進行方向を九十度曲げると、そのまま階段を上っていった。
今わたしたちのいる場所は、第二特別棟の三階。
三階建ての建物だから、その上に階はない。つまり、階段の先は屋上ということになる。
慎重に階段を上って踊り場で体を反転させると、わたしたちより先に移動していった人影らしきものが、すーっと屋上へと出るドアをすり抜けていくのが見えた。
わたしたちは黙って頷き合うと、微かにペースを速めて残り半階分の階段を上り、ドアの前で足を止めた。
「……完全に、すり抜けてたよね……」
「ええ。さっきまでと同じね。でも、ここまで来て、引き下がるわけにはいかないわ」
わたしのおどおどした声に、引き返そうよ、という含みを感じたのだろう。美子ちゃんが言葉で退路を塞ぐ。
「カギ、かかってないかな?」
来武士くんがそう言いながら、ドアノブに手を伸ばす。
それを見たわたしは、開かないでと、思わず祈っていた。
カチャ。
軽い音を立て、ドアノブは回る。
回ったということは、イコール、カギがかかっていないということ。
このドアの先は、屋上だ。
ドアには曇りガラスがはめ込まれていて、そこから薄明かりが漏れている。
廊下の窓からも薄明かりは漏れていたけど、それよりも明るくなっているように感じる。
雨は上がったようだし、晴れ間も出ているのかもしれない。
星明りや月明かりが照らすくらいの明るさはありそうだった。
そして、おそらく、ここが……。
わたしはずっと考えていた。
海路くんが用意した宝探しゲームの終着点は、ここ、すなわち屋上なのではないか、ということを。
その考えが正しいのであれば、わたしたちが見た人影のようなもの、あれは海路くんだというのが、一番納得できる解答となる。
ただし、理由だけを考えるのならば、ということだけど。
実際には、薄暗がりではっきりと目にしたわけではないものの、何度もドアをすり抜けているのだから、あれが海路くんだというのも無理があるだろう。
とはいえ、考えていたって仕方がない。
ここは行動あるのみだ。
わたし意思を後押しするかのように、蚕ちゃんが号令のごとく声を発する。
「行きましょうです!」
その声に力強く頷くと、来武士くんは一気にドアを押し開けた。
☆☆☆☆☆
屋上に出たわたしたちを出迎えてくれたもの、それは一面に広がる菜園や花壇の跡だった。
小学校の頃、みんなで植物や作物を育てていた。
この学校の方針で、すべてのクラスに屋上の区画を割り当て、そこに菜園や花壇を作ることになっていたからだ。
持ち回りで植物の世話をした、懐かしいこの場所。
今では朽ち果て、枯れた植物が横たわるのみだった。
「懐かしいね」
わたしはそうつぶやく。でも、誰からも返事はない。
それを疑問に思ったわたしは、ふと違和感を覚え、辺りを見渡した。
朽ちた菜園や花壇。
その光景が広がるだけの屋上。
だけど……なにかがおかしい。
そこで、わたしはようやく気づいた。
わたしたちの頭上を覆い尽くす空に、おかしいと感じた原因があったのだ。
屋上からであれば、いくら宵闇に包まれている状態であっても、学校の周りの夜景を一望できるはずだ。
それなのに、今この屋上からは、周りの景色がまったく見えなかった。
屋上のへりから見える景色は、一面の暗黒世界だったのだ!
黒い中にも、なにやらうごめいているように感じるのは、暗さからくる恐怖感による錯覚なのだろうか?
屋上の様子――菜園や花壇の跡がしっかりと見えているというのも、月明かりや星明かりがあるからではなかった。
ただただ、見えるのだ。
明かりによって照らし出されるというよりも、この屋上そのものが微かな光を放っているかのように。
漆黒の闇の中にありながら、屋上の風景はしっかりと目に映り込む。
不思議な感覚に包み込まれたわたしたちは、呆然と立ち尽くしていた。
ドアをすり抜けて屋上へと出たはずの人影も、今はどこにも見当たらない。
そのとき。
呆然としているわたしたちに向かって、空気を切り裂くかのように、目にも留まらぬスピードで迫りくる物体があった。
それも、無数に――!
わたしたちは、身構える間すら与えられず、突如として現れた脅威にさらされることとなった。