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なつまほ  作者: 沙φ亜竜
第4章 踊って歌って絡まれてです~
22/33

-4-

 音楽室の中に入っても、明かりがないのだから当たり前だけど、相変わらず薄暗いままだった。

 そんな薄暗い音楽室の片隅には、大きなピアノが置かれていた。

 廃校となって久しいため、かなり汚れてはいるものの、それは立派なグランドピアノだった。


 壁を厚くして防音効果を持たせているみたいだったけど、床は校舎内の他の場所と変わらないと考えられる。

 年季の入った木造校舎のこの学校だから、床が抜けてしまわないか心配なところだ。


「さっきの人影、見当たらないわね」


 美子ちゃんが落ち着いた声を響かせる。

 なんとなくエコーがかかったように聞こえるのは、ここが音楽室だからだろうか?

 実際、音が反響するような構造になっているということなのかな。

 田舎町の小さな小学校で、しかも木造だというのに、なかなかこだわりを持った設計だったと言えるのかもしれない。


 それはともかく、美子ちゃんの言葉を受けて、わたしは人影が見当たらないという現状に目を向けてみた。


「ここも確か、準備室があったよね? そっちに隠れたんじゃない?」

「いや、確かに隣が準備室だけど、入り口のドアは廊下側についてたはずだよ。防音設備とかの関係なのかな」


 わたしの問いに、来武士くんが答えてくれた。

 そういえば、微かにそんな記憶がある。もう小学校を卒業して五年目になるから、あまりよく覚えてはいなかったけど。


 でも、音楽室といえば鮮明に覚えていることもある。

 美子ちゃんが仕込んだケータイから流れた音楽によって、わたしはピアノがひとりでに鳴っていると勘違いし、怖い思いをしたことだ。

 あのときは、海路くんがすぐに美子ちゃんのケータイを見つけて、いたずらだというのを見破ってくれたんだっけ。


 そんなことを考えて、わたしはふと懐かしさに浸っていた。

 今ここに海路くんはいない。

 だけど、天井の崩落で無事だった海路くんは、瓦礫の向こう側にいた他のメンバー――保黒さんたちと一緒に行動しているはずだ。

 別の道を探して合流しようとしていると思うけど、一向に合流できていないことに、ほのかな不安を覚える。


 海路くんたち、大丈夫かな……。

 心配する気持ちが湧き上がってきた、ちょうどそのとき。


 ポロン、ポロン……。


「ひっ!?」


 わたしは思わず息を呑む。

 他の三人も驚きで身をすくませ、その音の発生源をじっと見つめていた。


 音の発生源、それはピアノだった。

 とはいえ、そのピアノの鍵盤部分のフタは、閉じられたままだ。

 もちろんピアノの前に備えつけられている椅子には、誰も座ってなどいない。

 仮に座っていたとしても、鍵盤が閉じられた状態でピアノを弾くなんて、そんな芸当は誰にもできるはずがないと思うけど。


 音は、最初は途切れ途切れに一音ずつ鳴らされていたのだけど、その間隔はだんだんと短くなり、さらに一瞬の間を置いたかと思うと、滑らかな旋律を奏で始めた。


 おそらく、クラシックのなにかの曲。

 知識のないわたしには、曲名までは全然わからない。

 ただ、聞き覚えのある曲ではあった。

 それはあのとき、小学生だった頃に美子ちゃんがいたずらでケータイから鳴らした、あの曲だったのだ。


「美子ちゃん、もしかしてまた、ピアノの下に……」


 小学生の頃のいたずらでは、美子ちゃんがピアノの下にケータイをセロハンテープで貼りつけて、アラーム機能を使って音楽を流していた。

 だから、もしかしたら今回もそういういたずらなのではないかと、そう考えたのだ。

 ともあれ、わたしがそのことについて言及し終える前に、美子ちゃんはかぶりを振る。

 その手には、いつも使っているケータイが握られていた。


 ピアノの旋律は、どんどんと音量を上げているようにも感じられた。

 しかも、脳に直接響いてきているかのような、そんな奇妙な感覚を受ける。

 やがてそれに、別の音が加わる。


 合唱――。


 歌声が、響き始めた。


 それは、わたしでも美子ちゃんでも蚕ちゃんでも来武士くんでもない声だった。

 まだ合流していないグループ、保黒さん、二之腕さん、頬さん、土布先くん、海路くんの声でもない。

 低めの男性の声が多いように感じられる合唱。

 その声は、音楽室の壁一面に飾られた、バッハやらハイドンやらモーツァルトやらベートーベンやらシューベルトやらブラームスやらビゼーやらチャイコフスキーやらドボルザークやら滝廉太郎やらといった、音楽家たちの肖像画から聞こえていたのだ!


 歌声に合わせるかのように、肖像画も揺れる。

 それに伴い、ガサガサと、歌声以外の音も響いていた。肖像画と壁がこすれ合う音なのだろう。

 薄汚れた肖像画や壁からは、揺れによってホコリが舞い落ちる。

 それがあたかも雪が降りしきるような雰囲気をかもし出していた。


「……わらちたちも、一緒に歌いましょうです!」


 蚕ちゃんが言う。


「そうね。もっちゃんやベンちゃん、れんちゃんたちと一緒に歌える機会なんて、そうそうないでしょうしね」


 美子ちゃんも同意の声を添える。

 有名な音楽家たちを「ちゃん」づけで呼ぶなんて、さすがは美子ちゃんと言えるのかもしれない。


 それにしても、こんな状況でも冷静にそう言ってのける美子ちゃんは、やっぱりすごいわ。

 さっきの理科室でのことで、すでに慣れが生じているのかもしれない。

 わたしなんて、怖くて泣き叫ぶ寸前だったというのに。


 とにかくわたしたちは、蚕ちゃんに促されるまま、歌い始めた。

 歌詞のないクラシック音楽だから、「ラララ」でメロディーに合わせて声を乗せるだけではあったけど。

 声が重なり、反響し、絡み合い、綺麗なハーモニーを奏でる。


 荘厳な曲調のクラシックの旋律に、わたしの目には自然と涙が溢れ出していた。

 ふと見れば、美子ちゃんも蚕ちゃんも、男子である来武士くんまでもが、瞳を潤ませながら歌っている。

 そんなわたしたちの様子を、肖像画の音楽家たちは、満足そうな笑顔を浮かべながら見つめてくれているように思えた。


 ガタン!


 不意に物音が響く。

 はっと我に返って見渡すと、そこは真っ暗で静寂に包まれた音楽室だった。


 ピアノの音も、鳴っていない。

 もちろん肖像画だって動いたり、ましてや歌ったりなんかせず、整然と壁に並んでいた。

 動いていた形跡すらも見当たらない。


 これは……さっきの科学室での出来事と同じだ。

 いったい、どうなっているというのだろう?

 と、不意に蚕ちゃんがドアのほうを指差して声を上げる。


「あ……あれ!」


 蚕ちゃんが指差す先には、科学室のときと同様、人影のようなものが立っていた。

 影はすーっと滑るように移動を開始すると、またしてもドアをすり抜けて出ていってしまう。


「追いかけましょうです!」


 さっきとまったく同じ言葉を繰り返す蚕ちゃんの声を耳にした途端、不思議と湧き起こっていた疑問は鳴りを潜めてしまう。

 わたしたちはその言葉に従って、やっぱりさっきと同様、手をつなぎ身を寄せ合いながら、薄暗い廊下へと出るのだった。


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