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なつまほ  作者: 沙φ亜竜
第4章 踊って歌って絡まれてです~
20/33

-2-

 わたしたちは慎重に、その人影らしきものを追った。

 階段を上りきると、廊下の窓から薄く明かりが差し込んではいたものの、やはり周囲は暗くてよく見えない。


 やけに静かだった。

 すでに雨は止んでいるようだ。


 さっき下の階で天井が落っこちてきたわけだから、この二階の階段前、廊下とつながっている部分は、見るも無残な状態になっているはず。

 そう思っていたのだけど、意外にも床は原型を留めているように見えた。


 とはいえ、いつ崩れるかわかったものじゃない。

 わたしたちは、一歩一歩、床の存在を確かめるように踏みしめながら、影を追う。

 まるでわたしたちをいざなうかのように、こちらの歩みに合わせて移動するその影は、少しずつ廊下の先へと進んでいった。


 やがて――。

 影はわたしたち四人の視線をその身に受けながら、

 すー……っと、

 ――消えた。


 いや、そこはちょうど、理科室のドアの前だった。

 ということは、理科室に入ったということだろう。


 でも――。

 わたしたちは思わず、足を止めていた。


「い……今、ドアをすり抜けたよね……?」


 暗くてはっきりと確認できたわけではないけど、わたしにはそう見えたのだ。

 声を落としてつぶやくわたしに、誰も同意の言葉を添えてはくれなかった。


「……行きましょうです」


 蚕ちゃんが、小さいながらも力強い声音で促す。

 わたしたちはただ黙って頷き合うと、再びゆっくりと歩き出した。



 ☆☆☆☆☆



 なるべく音を立てないようにドアを開け、わたしたちは理科室の中へと身を滑り込ませた。

 理科室の中は、ひっそりと静まり返っていた。

 窓からの薄明かりで、ぼんやりとではあるものの、室内の様子は確認できた。


 わたしたちより先に入ってきたはずの人影らしきものは、どこにも見当たらない。

 ただ、理科室には準備室が併設されている。

 そっちのほうに身を潜ませているという可能性はあるだろう。


 と、足を踏み出せずにためらっていたわたしたちを先導するかのように、蚕ちゃんが一歩一歩、その準備室のほうへと歩みを進めていった。

 慌ててわたしたちも続く。

 ひときわ小さな蚕ちゃんの後ろに、まるで身を隠すように一列に並んで続いていくわたしたちの姿は、はたから見たらとても情けない様子だったに違いない。


 誰も見ている人なんていないはずだ。

 それなのに、なぜだか視線のようなものを感じるように思えた。


 その感覚は、正しかった。

 正確に言えば、視線と呼んでいいかどうか、判断に迷うところではあるのだけど。


 ガチャリ。

 忍ぶ気なんて微塵も感じられないほど、はっきりと大きな音を立てて、理科準備室のドアが開いた。


 ドアからぬらり(丶丶丶)と出てきた姿を見たわたしは、言葉を失った。

 そして次の瞬間、


「ふぎゃ~~~~っ!」


 まるで小学生だった当時にタイムスリップしたかのような叫び声が、口をついて飛び出していた。


 当時のわたしはいつもいつも、主に美子ちゃんのいたずらによって、そんな叫び声を上げていた。

 懐かしい。

 などと悠長に過去を(しの)んでいるような余裕なんて、当然ながらあるはずがなかった。


 ドアから出てきたそれは、内臓をぶちまけた男の人……のように見えた。

 つまりそれは、人体模型。

 リアル志向で作られたその人体模型が歩くたびに、中の内臓が揺れている。今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。


 そう、その人体模型はしっかりと自分の足を動かし、わたしたちのほうへと歩いて迫ってきていたのだ!


 人体模型の後ろからは、もうひとり、というかもう一体というか……。

 ガイコツ……すなわち人体の骨格標本までもが、こちらもカチャカチャと音を立てながら、自らの足で歩いてくるではないか!


 カタカタカタ。

 鳴り響く軽めの音は、彼(?)の笑い声なのだろうか。


 わたしは半狂乱になりながら目を逸らし、美子ちゃんにすがりついて震える。

 そんなわたしを、そっと抱きとめてくれる美子ちゃんではあったけど。

 わたしが今一番望んでいる、落ち着かせてくれるような言葉は、かけられることがなかった。


 しがみついているわたしは感じていた。わたしと同じように、美子ちゃんの体も小刻みに震えていることを。

 そうすると、これは小学生のときのように美子ちゃんがわたしを怖がらせるために仕組んだいたずら、というわけではないのだ。


「お……落ち着けよ、お前ら! こ……こんなの、ありえるわけないじゃないかよ!」


 叫ぶように震え気味の言葉を吐き出す来武士くん自身が、一番落ち着いていないように思えた。

 どうすればいいのかわからず、呆然と立ち尽くすわたしたち。

 逃げるという選択肢すら、頭に浮かんでくることはなかった。

 ただただ立ち尽くすのみ。


 人体模型と骨格標本は、そんなわたしたちのすぐ目の前で、止まった。


 と――。


 彼ら(?)は、

 踊り出した。

 なんとなく楽しそうな、そんな雰囲気で。


 さらに奇妙なことが、わたしたちの周り三百六十度、全方向を包囲するかのように起こり始めた。

 彼らの踊りに合わせて、戸棚の中や机の上に置かれていたフラスコやらビーカーやら試験管やら天秤やら分銅やら顕微鏡やらプレパラートやらエタノールランプやら……理科室に存在しているありとあらゆるものが、その身を揺らしたり飛び上がったり各々が軽くぶつかり合ったりしながら、様々な音を奏で始めたのだ!


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