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わたし、美子ちゃん、来武士くん、蚕ちゃんの四人は、一歩一歩慎重に階段を上っていた。
老朽化した校舎だから崩れてしまう可能性がある、というのももちろんあった。
だけど、明かりのない校舎内、暗闇に目が慣れてきているとはいえ、足もとさえはっきりとは見えない状況なのだから、慎重にならざるを得なかったのだ。
わたしたちは危険から身を守るべく、そして暗闇の中に身を置く心細さを紛らわすべく、お互いに手をつないでいた。
わたしの右に美子ちゃん、さらにその右に来武士くん、わたしの左側に蚕ちゃんが並び、ほぼ一列になって、身を寄せ合うようにしながら階段を踏みしめていく。
それにしても、今わたしの右には美子ちゃん、左には蚕ちゃんがぴったりと寄り添っている。
左右から感じられる温もりと、ほのかな甘い香りを、わたしは一身に受けていた。
と考えると、右側に寄り添っている美子ちゃんにとっては、左側にわたしが、右側に来武士くんが身を寄せていることになる。
危険があるかもしれないし、手をつないで行きましょう。そう提案したのは、美子ちゃんだった。
しっかりしていて、背もすらりと高め、長い黒髪をゆったりと揺らす美人タイプの美子ちゃん。
ずっと親友として一緒にいるからよくわかるのだけど、美子ちゃんは男子に結構人気がある。
ただ、容易に近寄らせない雰囲気があるのか、色恋沙汰の話はまったく聞いたことがなかった。
美子ちゃんの靴箱にラブレターが入っていたのを見たことはある。
でも、直接見たわけではないけど、おそらく丁重にお断りしていたはずだ。
だからわたしは、美子ちゃんって男の人に興味がないのだと、ずっと思っていた。
毛嫌いしているというわけではないだろうけど、自分から男子に近寄ったりすることはほとんどなかった。
それなのに、状況が状況だからか、さっき手をつなぐ提案をした美子ちゃんは、少し恥ずかしがっている様子だった来武士くんの手を自ら進んで握っていた。
言葉どおりの意味、危険だからまとまって歩こう、転んだりしたら大変だから手をつないでおこう、ということだとは思うのだけど。
それでもなんとなく、ほんとになんとなくだけど、どういうわけかちょっとそこに、わたしはなんだか引っかかるような気持ちを感じていた。
う~ん……。
もしかしてわたし、美子ちゃんを取られちゃうんじゃないか、なんて、来武士くんに対して嫉妬してたりするってこと?
冗談で美子ちゃんが言っていたみたいに、わたしって本当に、そっちの趣味とか、あったりするってことなのかな?
自分の心のことなのに、他人事みたいにそんな疑問を浮かべてみるものの、それもやっぱり違うように思えた。
なんて言っていいかわからない、言葉として表現できないような、もやもやしたはっきりとしない感覚。
すぐ目の前も見えない濃霧の中を歩いているようだった。
……実際に今のわたしは、すぐ目の前も見えない暗闇の中を歩いているのだけど。
バシバシバシ!
「はうっ!?」
突然の衝撃に、わたしは現実に引き戻される。
美子ちゃんが握っていたわたしの手を離し、いつものように頭をはたいたのだ。
「こんなときに、ぼーっとしないで。なにかあったら、さすがに守りきれないわ」
そう言うと、すぐにまたわたしの手をぎゅっと握り直してくれる。
いきなり頭を叩くのはちょっとどうかと思うけど、美子ちゃんの優しさはしっかりと感じられた。
ぼんやりしたわたしを支えてくれるのは、いつでも美子ちゃんだった。
バシバシと頭をはたいたりしつつも、心の中ではわたしを心配してくれているんだ。
そんな温かな気持ちに包まれていると、
「まったく、お子様のおもりは大変だわ」
なんて言われてしまった。
とはいえ、真っ暗だから顔色までは見えなかったけど、きっとさっきの思わず出てしまった言葉に美子ちゃん自身が恥ずかしくなって、真っ赤になっているに違いない。
つけ加えられた文句は照れ隠しだと、わたしにはわかった。
「お前らって、やっぱり仲いいよな」
「ほんとですね。ちょっと怪しいくらいです~……」
来武士くんと蚕ちゃんの言葉に、わたしまで照れてしまう。
「…………って、怪しいってなによぉ~!?」
相変わらず、ちょっと反応の鈍いわたしだった。
☆☆☆☆☆
階段のちょうど一階と二階の真ん中、そこには踊り場と呼ばれている空間がある。
階段はそこから百八十度方向を変え、さらに上へと続いていくことになる。
身を寄せ合ったわたしたちは今、その踊り場まで到達して、ゆっくりと体の向きを変えたところだった。
階段や踊り場に窓はない。
踊り場の天井には蛍光灯が取りつけられていたと思うけど、電気が通っていない今ではその役目を果たすことはなかった。
暗がりに慣れた目にぼんやりと映る階段や壁の輪郭だけを頼りに、わたしたちは慎重に足を動かす。
右端に並んでいる来武士くんを支点とするように、弧を描いて方向転換し終えた、そのとき。
ふと上のほうから、ガサリという物音が聞こえてきた。
「え? なに?」
とっさに声が漏れてしまう。
ともあれ、わたしが声を出すまでもなく、みんな気づいていた。
階段を黙って見上げると、その先は真っ暗だった。
にもかかわらず、階段を上りきった辺りに、微かな人影のようなものが確かに見えたのだ。
そしてその影は、左右と前に続いている廊下のうち、左側のほうへ曲がると、すーっと滑るように移動していった。