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「しっかし、すごい雨だな~」
昇降口のドアに降り注ぐ雨を眺めながら、来武士くんがつぶやく。
「今日は暑かったからね。夕立なんてどうせすぐに止むんだから、夏の風物詩と思って通り過ぎるのを待つしかないでしょ」
美子ちゃんは、わたしと同い年だとは思えないくらいに落ち着いている。それは常日頃から思っていることでもあった。
……まぁ、わたしが特別子供っぽい、というのもあるかもしれないけど。
実際今のわたしは、雷が鳴っているというだけで、怖くて震えが止まらない状態だし。
「ところで、どうやって探す?」
保黒さんが話を本題の方向へと促す。
こういうところは、さすが元学級委員と言うべきだろうか。
「う~ん、そうだなぁ。校舎内のどこかにあるとはいえ、結構広いし電気もなくて暗いから、探すのも時間がかかりそうだよね。やっぱ、手分けするのが効率いいんじゃない?」
二之腕さんの提案に、わたしは猛反発する。
「だ……だめだよ! みんな一緒に回ろう! ほら、暗いと危ないじゃない? みんな一緒のほうが、なにかあったときに安全だよ!」
必死に訴えかけるわたしを、みんな少し驚いたような目を向けていた。
どちらかといえば、おとなしい印象のあるわたし。あまり大声を上げて主張したことなんてなかったから、珍しいものを見たといった感じなのだろう。
だけど、今のわたしにとっては死活問題なのだ。ここは断固主張させてもらわなきゃ。
そんな様子を、美子ちゃんと海路くんは、優しげな微笑を浮かべながら見つめていた。
わたしが怖がっているということは、このふたりには完全にお見通しのようだ。
と、その刹那。
ジャジャジャジャーン!
突然、激しい音が鳴り響いた。
「きゃあっ!?」
わたしは思わず飛び上がってしまう。
「あっ、ごめん。電話」
土布先くんが、いつもの落ち着き払った声で携帯電話を取り出しながらそう言うと、通話を始めた。
今の音は、ケータイの着信音だったようだ。
今日泊めてもらうことになっている親戚からの電話だったらしい。到着が遅いから心配したのだろう。
それにしても、ベートーベンの「運命」……。
流行の歌とかを着信音にしないあたりは、土布先くんらしいと言えなくもないけど。
「あはは、相変わらず、江窪さんは怖がりだね~」
ガタガタと震えていたわたしを見て、海路くんは面白そうに笑っていた。
「う~、海路くんは相変わらず、意地悪だよ~」
思わず口を尖らせて文句を返す。
同じクラスだった頃、海路くんはだいたいいつも優しく接してくれたけど、たまに意地悪なことも言われていた。
だからこそ、相変わらず、なんて言い方になったのだ。
とはいえ、それほどひどいことを言ってくるわけじゃなかったから、当時も嫌ではなかったし、今では懐かしくてほのかに温かい気持ちすら溢れているのだけど。
「でも、笑歌じゃなくったって、怖いと思っても仕方がないわよね、この雰囲気」
あまり怖いと思っているような口ぶりではなかったけど、美子ちゃんが校舎の奥のほうに視線を向けながら言葉を漏らす。
まだ真っ暗というほどでもないけど、夕立もひどくなり、かなり暗くなっている上に、時間的にも夕方から夜へと変わりゆく頃合いだった。
暗さに目が慣れてきているからか、ぼんやりと廊下の様子はうかがえるものの、はっきりとは見えなくなってきていることも、必要以上に怖さを増す効果を演出している。
ただでさえ、夜の学校なんて怖いもの。
しかもここは、三年も前に廃校となっている学校なのだ。
もともと年季の入った木造校舎で、ずっと建て替えようという話はあったのだけど、結局は建て替えられることもなく廃校となってしまった東山小学校。
わたしたちが通っていた当時でも、そこかしこで床板や階段が腐り始め、走ると衝撃で崩れてしまうのではないかと噂されていた。
生徒がいなくなってから三年も経っているため、床や窓はホコリにまみれ、壁は塗装もはがれ蜘蛛の巣が張り、床板に至っては一部抜け落ちているのも見て取れた。
考えれば考えるほど、怖いという思いが膨れ上がってしまう。
だから、
ピカッ!
突然の稲光、そして、
バリバリバリドドォォォーーン!
間を置かずに轟いた衝撃音で、
「きゃあっ!」
と、わたしが大きな叫び声を上げてしまったのも、仕方がないと思ってもらえるだろう。
ともあれ、無意識だったとはいえ、わたしは叫び声を上げてしまっただけではなかったようで。
頭を下げて固く目をつぶり、怖さから逃避していたわたしの耳に、
「ひゅーひゅー」
という来武士くんの声が届いてきたのは、それからわずか一瞬だけあとのことだった。
「さすが、怖がり笑歌ね」
美子ちゃんもからかいの声を向けてくる中、わたしは微かに顔を上げて目を開けた。
ニコッ。
目の前には、海路くんの優しい顔が、超至近距離に……。
「江窪さん、大丈夫?」
心配の言葉をかけてくれる海路くんの唇が動くたび、温かな吐息が感じられる、そんな距離。
わたしは怖さで震え上がり、思わずすぐそばに立っていた海路くんに、ぎゅーっと強くしがみついてしまっていたのだ。
「あうっ、ごごごごごごめんなさいっ!」
焦りまくりながら顔をそむけるわたし。
視線を逸らした先には、黙ってこちらをじっと見つめながら、保黒さんがたたずんでいた。
「あの……保黒さん、どうしたの?」
わたしの問いかけに、保黒さんは微妙に目線を逸らす。
「いえ、なんでもないけど。……ただ、いつまでくっついてるのかな~って」
「はうっ!」
保黒さんの言葉に、慌てて海路くんから身を離す。
ごめんなさいと海路くんに謝りながらも、わたしは彼にしがみついたままだったのだ。
「まったく、笑歌ってば、おとなしい顔して結構やるわね」
「や、ちょ、美子ちゃん、違っ、そんなんじゃないってばぁ~!」
顔から火が出そうなほど真っ赤になったわたしは、両方の手のひらをぶんぶんと振るいながら、どもった慌て声を必死で響かせる。
なんとなく、ほのぼのとした雰囲気に包まれていた。
慌てふためいているわたしを、美子ちゃんもしがみつかれていた海路くんも含めて、みんな温かな笑顔で見つめてくれていたのだけど。
今はみんなと一緒になって笑顔を浮かべているものの、さっきの保黒さんの視線がわたしを睨んでいるように思えたことだけが、ちょっとだけ心に引っかかった。