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戻ってきた男子三人は、それぞれ一本ずつのシャベルを持っていた。
それ以外に、スコップをいくつか、バケツの中に入れて持ってきたようだ。
「シャベルは三本しかなかったから、穴掘りはぼくたちに任せてくれていいよ」
「待っててもいいけど、手伝うつもりがあるなら、スコップでそこら辺を少しでも掘ってくれ」
海路くんの優しい言葉に、来武士くんがすかさず指示を加える。
こんな言い方をされたら、手伝わないというのもちょっと気が引ける。
わたしたちはスコップを手に取ると、みんなの木の周りを掘り始めた。
なぜ闇雲に掘り返しているのかといえば、この木の近くだということ以外、正確な場所を誰も覚えていなかったからだ。
う~ん、さすが行き当たりばったり集団。シャベルのことといい、計画性が皆無だ。
ああ、懐かしい。これでこそ、わたしたちって感じ。
……ちょっと情けなくもあるけど。
学級委員だった保黒さんくらいは、しっかりしてくれていてもよさそうなものなのに、彼女も彼女で、結構抜けているところがあるみたいだった。
わたしなんかが抜けているなんて言ったら、さすがに怒られちゃうかもしれないけど。
ともかく、わたしたちはお喋りを続けながら、周囲の地面をひたすら掘り返した。
自分たちで掘り起こす前に、誰かが見つけて開けたりしないように、結構深い穴を掘って埋めた記憶がある。
それはみんなも覚えているのだろう。すぐには見つからないかもしれないな、といった雰囲気はあった。
ともあれ、目印であるみんなの木は今もこうしてここに立っている。
この周辺なのは間違いないのだから、見つからないなんてことはないはずだ。
当時、海路くんが用意してくれたブリキ缶は、ちょっと大きめだったし、すぐ見つかるに違いない。
七年前にみんなの思い出を詰め込んで埋められたタイムカプセル。
それをこうして今、わたしたちは掘り返している。
あと数分くらいか、どんなに遅くても一時間もかからないうちに、懐かしいブリキ缶がわたしたちの目の前に姿を現すだろう。
ちょっと、もったいないな。
そんな気持ちが、わたしの心には湧き起こっていた。
タイムカプセルを見つけ、それを開けてしまえば、そこで夢の時間が終わってしまう。
実際にはそれですべてが終わってしまうわけでもないだろうし、そのあとみんなで、町に一軒だけあるファミリーレストランにでも行って、お喋りに花を咲かせたりするとは思うけど。
それでも、少しでも長いあいだ、こうやってタイムカプセルを掘り起こすというわくわくした時間を味わっていたかった。
きっとみんなも、同じような思いでいっぱいだったのだろう。
たびたび土を掘る手を止めては、今の楽しい時間を噛みしめているようだった。
空はどんどんと暗くなる。
時間的にもそろそろ暗くなってくる頃ではあったけど、それ以上に、分厚いどんよりとした雲が一面を覆い尽くしていた。
なんとなく、風が嫌な湿気を運んでくるように感じてしまう。
どれくらいの時間、わたしたちは土を掘っていただろうか。
「う~ん、ないな……」
疲れた息を吐きながら、来武士くんがつぶやいた。
「そうだね」
普段から落ち着いている土布先くんでさえも、荒い息をしながら汗をだらだらと流している。
夕方から夜に変わるくらいの時間とはいえ、昼間の日差しで暖められた地面からは、まだまだ熱気が放出されていた。
それにしても、ほんとに、いったいどこに埋まっているのだろう?
わたしは周りを見渡してみる。
かなりの広範囲を掘り返しているのは、一目瞭然だった。
主にシャベルを使っている男子三人の掘った穴がそこかしこに存在し、わたしたち女子がスコップで掘った穴もかなりの数になっている。
深さ的にもタイムカプセルを埋めるのに適した程度までしか掘らず、なさそうだったら別の場所を、という感じでなるべく広い範囲に穴を掘ってきた。
もう、みんなの木から半径三メートルくらいの範囲には、掘り残しもないはずだ。
今は掘り返す範囲を広げて、さらに捜索の手を伸ばしている。
でも、わたしの曖昧な記憶じゃ頼りないとは思うけど、みんなの木からそんなに離れた位置にタイムカプセルを埋めたような覚えはなかった。
やっぱりこれは、なにかがおかしい。
わたしだけではなく、みんな、そう思い始めていた。
「この木のそばじゃ、ないんだっけ?」
来武士くんが、そんなことを言い始める。
「ん~、でも、ここだったはずだよね? みんなでここに集まろうって約束したのも、埋めた場所だったからだと思うし……」
保黒さんも、少し自信なさそうにつぶやきを漏らす。
最後のほうは、消えかけるように勢いがなくなっていたけど。
これだけ長い時間をかけて掘ったせいで、さすがの保黒さんも、自分の記憶力に自信が持てなくなっていたのだろう。
と、そのとき。
空が光った。
「きゃっ!」
そして二秒ほどの間を置いて、地面を揺るがすほどの轟音が響き渡る。
「雷だ!」
来武士くんが叫んだ途端、大粒の雨が容赦なく、わたしたちを頭上から叩きつけるかのような勢いで降り注ぎ始めた。
「冷たいですわ!」
「っていうか、痛いよ!」
みんな、持っていたシャベルやスコップを放り出すと、頭を両手で抱えて立ちすくむ。
「とりあえず、どこかで雨宿りを……。あっ、さっきの体育倉庫は?」
「いや、あそこはダメだと思う。ボロいから雨が吹き込むよ、きっと。さっき見たとき、天井に穴も開いてたし」
素早く思考を巡らせて提案した美子ちゃんの言葉に、海路くんがすかさず反論の声を返した。
こういうとき、トロくてぼーっとしたわたしは、まったく役に立たない。
もっとしっかりしないと、とは思うものの、ここは美子ちゃんたちの判断に任せるべきだろう。
そう考えて、わたしは彼女たちの会話に口を挟まず、結論が出るのをただ黙って待つ。
「それじゃあ、校舎は?」
「昇降口のカギが開いてるかどうかだけど……。迷っててもしょうがないよな。行ってみよう!」
来武士くんが口にするやいなや、間髪入れずに駆け出す。
強烈な雨によって、すでに溜まり始めていた足もとの泥が跳ね上がってしまうけど、そんなことに構っていられる余裕はなかった。
わたしたちは昇降口へと向かって一目散に無我夢中で走る。
すぐに目に飛び込んできた昇降口のドアは、ガラス張りではあるけど、ところどころひび割れ、かなり薄汚れていた。
やっぱり廃校となった学校だけのことはある。
ともかく、いち早く昇降口にたどり着いた来武士くんが引っ張ると、抵抗なくドアは開いた。
「よし、開いてる! みんな、急いで中へ!」
「うん!」
こうして、稲光と雷鳴を背に受けながら、わたしたちは全員、廃校となった小学校の校舎内へと駆け込んでいった。