-1-
セミが鳴いている。
首筋を伝ってしたたるわたしの汗と、その声を共鳴させるかのように。
夏休みに入って一週間ほど経ったこの七月の終わりの昼下がり。
じりじりと照りつける日差しを全身に浴びながら、わたしは親友の美子ちゃんとふたり、並んでこの見慣れた商店街を歩いていた。
ど田舎というほどではないにしても、過疎著しい、わたしたちの住むこの町。
商店街とはいっても、寂れた雰囲気に包まれていて人通りもそれほど多くないのだけど。
長期の休みに浮かれているのか、はしゃぎ声を上げる小学生たちが、暑さにも負けず飛び跳ねながら、わたしたちの横を駆け抜けていった。
わたしと美子ちゃんは高校二年生。
誕生日はふたりともまだ過ぎてないから、十六歳ということにはなるけど、どちらにしても、もう夏に浮かれて元気に飛び跳ね回るような年齢じゃない。
というわけで、このうだるような暑さにぼやきながらも、だらだらと商店街を闊歩していた。
「暑いな~」
バシバシ。
美子ちゃんの声とともに、ちょっぴり軽い音が響いた。
その音と一緒に、少しだけ痛みも襲いかかってくる。
「痛いよ~。はたかないで~」
わたしは頭を両手で押さえて抗議の声を上げる。
バシバシとわたしの頭をはたいていたのだ、美子ちゃんは。
「だって、暑いし~」
バシバシ。
「だからって、どうしてはたくの~? 意味わかんない~」
「それはあんたの頭が、と~ってもはたきやすそうに、さらさらナチュラルヘアーであたしを誘ってるからよ!」
バシバシ。
「あうあう、誘ってなんかない~」
バシバシ。
「あ~つ~い~」
「言葉にすると余計に暑くなるよ~?」
バシバシバシ。
「あうう~」
「正論禁止!」
「不条理だよ~」
バシバシ。
「だいたい~、夏なんだから、暑いのは当たり前なんだよ~。だから、暑いのも楽しまないと~」
バシバシ。
「あたしはそんなの、楽しみたくないわ。暑苦しいし、汗でベタベタだし、汗臭くなるし!」
勢いよくわたしの頭をリズミカルにはたきながら、美子ちゃんの言葉の応酬は続く。
「え~? えみか、汗臭い~?」
わたしは暑いのは結構平気なんだけど、汗のニオイとかはやっぱり気になるもので。
くんくんくん。
わたしは右腕を挙げ、半袖の袖口に鼻をくっつけてニオイを嗅いでみた。
あっ、えみか、っていうのは、わたしの名前。
わたしはお喋りするときには、自分のことを「えみか」と名前で言う。
目上の人と話すときにはちゃんと「わたし」と言うようにしているのだけど、友達同士のときにはついつい小さい頃からの癖が出てしまう。
美子ちゃんが、「可愛いし、そのままでいいんじゃない?」と言ってくれたので、今ではあまり気にせずに使っているのだ。
それはともかく、わたしがちょっと焦り気味でニオイを気にしてるのがわかったからだろうか、美子ちゃんがフォローの言葉をかけてくれた。
「いや、べつにあんたは臭くなんてないけどさ」
「わ~い、よかった~♪」
美子ちゃんの言葉を受けて安堵したわたしは、思いっきり笑顔になって彼女の腕にぎゅっと絡みつく。
「ぐあ~っ!」
バシバシ。
あまりお上品ではない雄叫びを上げながら、美子ちゃんは容赦なく、わたしの頭を平手で打ちつける。
ショートカットというほどではないけど、短めでストレートのわたしの黒髪が、美子ちゃんにはたかれるたび、ふぁさりふぁさりと音を立てて揺れていた。
「あう~、はたかないでよ~」
バシバシ。
わたしの抗議になんて耳を貸すわけもなく、美子ちゃんの平手打ちは連続コンボ攻撃となっていた。
「臭くはなくても暑苦しいんだから、くっつくな! あたしには、そっちの趣味はないんだから!」
なにやら美子ちゃんが変なことを言う。
「え~? なにそれ~? そっちってどっち~?」
「く~、この天然娘が!」
バシバシ。
美子ちゃんは、やっぱり容赦ない。
「あうあう~。はたかないでってば~」
こうして夏の商店街には、わたしたちふたりの明るいはしゃぎ声と、美子ちゃんが頭をはたくバシバシ音が、止むことなくこだまし続けていた。
……夏に浮かれて元気に飛び跳ね回る年齢ではない、なんて言ったのは、すっぱりと撤回しておきます。