プリンとブラコンと握るその手の温もりと
※このストーリーは作者の都合上、同一作者の作品『あなたは科学を信じますか?』の世界を舞台にしています(ファンタジー要素あり)が、この作者が初めてという方でも大丈夫という風に仕上げましたつもりなのでどうぞ見捨てないでください
(>_<)
それでは、本編よろしくお願いします
俺には一人妹がいる。同い年。つまり双子だ。
と言っても、あまり顔は似ておらず、横を通り過ぎても一発で忘れそうな俺とは違い、我が妹は老若男女十中八九の人が少女という言葉に『美』をつけてもおかしくない顔の造形をしている。
スタイルだって申し分ないし、成績優秀、次期生徒会長最有力候補との声も高い。
まあ、そんな一見完璧な妹にももちろん欠点はある。彼女は学力や頭の回転がものすごくいいのだが、それ以外のことがてんで駄目なのだ。
道を歩けば何もない場所で転び、料理では砂糖と塩ではなく砂糖と重曹を間違えとんでもないクッキー(説明不可)を作ってしまう。悪い意味で本当に不器用なのだ。
中にはそこがいい、萌えるという輩もいるが、フォローするこっちの身にもなって欲しい。しかも、妹に世話を焼くせいで妙な男子からは嫉妬され追いかけられることもしばしば。
まあ、嫌いではないし、正直世話を焼くのも悪くない。目に入れても痛くない、かわいい妹だ。こらっ、そこっ、シスコン言うな!
そんな俺でももちろん怒る時はある。というか、今がその時である。
場所はリビング。
俺と妹はテーブルを挟んで向かい合うように座っている。テーブルの上には空になったプラスチックの容器とスプーンが一つ。
「もう一度聞こう。俺のプリンを食べたのはお前か?」
「うん。そうだよ」
俺の問に妹はしゅんとうなだれながら答える。もっとも、この反応はプリンを食った反省からではなく、俺に怒られているからだろう。
「……別に俺だってな、プリンが死ぬほど好きってわけじゃないし、食べなきゃ死ぬってわけでもない。また食べれる機会のあるものに腹を立てるような小さな人間にもなりたくない。だがな、これだけは言わせてもらうぞ。
――なんで俺の食い掛け(・・・・)のプリンを食ったんだよ!?」
あれは俺がプリンの三口目を食べようとした時、ポケットに入れておいた通信用特殊魔結晶が震えた。電話して来たのは、部員の一人だった。その時妹は静かに読書をしていたため、俺は席を外して廊下で通話したのだ。数分後通話を終了し、テーブルに置いていったプリンの下へ駆けつけ――異変に気付いた。
プリンの容器。まだ半分はあったのに、綺麗に空っぽになっていた。
ここで捕捉すると俺と妹は学校の寮で二人で暮らしている。誰かを泊めることも可能だが、今はそんな第三者は家にいない。つまり犯人は――
「――お前だ!」
ソファーに座りながら悠々と読書をしている妹(犯人)にビシッと指をさすと、ビクッとしながらも妹は気丈に活動的なツインテールにした長い黒髪をかきあげ、
「ち、違うよっ。ものすごい言いがかりだよ。まったく、兄さんはどうしてそうも単純に物事を決め付けるのかな? 自分の視点からではなく、他者の視点あるいは客観的に観察してみなよ。狭い視野に囚われずに、もっと世界を覗き込めば様々な可能性が生まれてくるもんだよ。まあ、人間はあくまで『自分』という概念から逃げだせない生き物だから、難しいことだけれど――」
妹が口を開いた瞬間、俺は聞くことを放棄していた。
賢い妹とは違い理解力の乏しい俺に対して、妹は時々哲学的というか難しいことを口にして俺を良く打ち負かす。勝率は限りなく低い。
だが、今回は違う。
「じゃあ、その煙草みたいに加えてる銀色の物はなんだ? さっき俺が使ってたスプーンに見えるんだが」
「っ!?」
心底驚いたようにこれまた体をビクッと震わすと急いで口からスプーンを取り俺に向けて差し出した。
「……体温計と間違えました」
「無理があるからな」
流石の妹も素直に認めた。
そして、今に至る。
「はぁ。別にプリンなんてお前もそこまで好きじゃないだろ? なんで、こんなことしたんだ」
「いや、だってさ、兄さんの食べかけが目の前にあったら思わず手が伸びちゃって」
「…………」
ブラコン。
いつの頃だったか忘れたが、妹はやけに俺に依存するようになった。
昔は近所でも評判の仲のいい兄妹で、いつも一緒だった。
勉強するのも、遊ぶのも一緒。風呂に入るのも、寝るのも一緒。何をするのも一緒だった。
「あの頃は兄さんは純真無垢に、全てを受け入れてくれたのに」
「幼い兄をそんな風に見てたのか。というか、当たり前のように俺の心を読むな」
「むしろ読まない方がおかしいんだよ? 愛し合うものはお互いに理解しようとし、相手の思考を探る故に考えが一緒になってしまう。これは赤い糸で結ばれた者同士の宿命なんだよ。それとも、兄さんは私のこと愛してないの? もしかして、私のこと嫌い?」
「やめろ。捨てられた犬のような目で俺を見るな」
弱いんだよね、これに。はぁ、言うしかないのか。
「俺はお前を「異性として」愛してる、って、勝手に口出しすんなやっ」
「きゃーっ、兄さん最高っ。私も大、大、大好き、愛してるよー!」
そう言って未だ座ってる俺に抱き着いてきた。うっ。決して大きくはないが、しっかりと自己主張する膨らみが腕に……って、妹相手に何考えてるんだ、俺はっ!
「むぅ。兄さんは巨乳好きか」
「されげなく反応をうかがうなっ」
別に好きというわけではないが……。
「兄さん。胸大きくしたいからさ――」
「――揉まないぞ」
「…………」
「無言で肯定を示さないでくれ。ガチで心配してしまうから」
「でも兄さんだって、私の胸が大きくなったら喜ぶでしょ。ツインテールで、巨乳で、兄さん大好きな妹。萌える?」
「燃えて灰になれ」
「嬉しい。そこまで情熱的に思ってくれてたなんて」
「お前はマゾか?」
「むしろ兄さんがでしょ?」
「なんでだよっ!?」
「だって兄さん、私に言葉で打ち負かされるの好きでしょ?」
「勝手な設定つくるなっ」
「別に恥ずかしいことじゃないよ。『快楽とは、痛みを水で薄めたようなものである』。メルキ・ド・サドがこう言うように、痛みというのは快楽を伴うものでもあるんだよ。だからさ、お互いに快感を共有しようよ」
「その発言から、お前が俺に口論で勝つのはすごく楽しいと取れるんだが」
「兄さんの悔しがる顔、かわいいんだもん♪」
「薄々気付いていたけどもっ」
「気持ちはわかるよ。私もさっきお兄さんにスプーンのことを指摘されて揚げ足をとられたとき、背中がゾクゾクッとしたもん」
「戻ってこい。変な扉を開くな」
「責任取ってよね」
「100%お前のせいだっ。てか、話しがだいぶ脱線したが、人様の食べかけのプリンを食べるんじゃない」
「そんな食べたかったの?」
「いや、うまいと評判のやつだったが、そこまででもない。そういうこと、言ってるんじゃなくて――」
「でも、美味しかったな」
「あー、そうですかい」
「兄さんの味がして」
「プリン関係なくない!?」
「美味しすぎて思わずスプーン舐めちゃった」
「くわえてたのはそのせいかっ。てか、普通に気持ち悪いぞ」
「あっ。またゾクゾクッとした」
「お前マジで扉オープンしてない!? とにかく、もう勝手に俺のものとか食いかけとか食べるなよ」
「了解を得ればいいの?」
「訂正。今の発言から『勝手に』を消しといてくれ」
「まあ、美味しかったけど、兄さんのプリンを食べたのは事実だし、私のあげるよ」
「? もう一個あったっけか?」
「ん~」
「わーっ。何しやがるっ。いきなり顔近付けるな!」
「兄さんにも食べさせようと思って。口移しで」
「せんでいいっ。それよりも、まだ口にあるのか?」
「口の中でコロコロ転がしてます」
「今すぐ飲み込めっ。もしくは吐き出せっ」
「うん」
「俺の口にじゃないぃぃーーー!」
くそっ。なんで会話してるだけなのに、こんなに疲れるのだろう。内容が普通じゃないからか?
はぁ。高校入学を期に二人暮らしを両親に提案された時は、寒気というか嫌な予感がしたがこんな生活が待っているのかと思うとなんだか無事に青春を送れない気がする。せっかく軽音部に入って、エンジョイしようとしたのに。
…………よし、この際パンドラの箱を開けてみるか。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「私のスリーサイズ?」
「ベタなボケをかまさなくていい」
「上から83、55、76だよ☆」
「だから聞いて……、え、えぇっ。お前いつの間に……」
「ふふん。女の子は日々成長するんだよ。私だって子供じゃないんだから」
そう子供の頃とは違う。
妹は俺になつきブラコンになる前、俺とはあまりよくなかった。
物心ついた頃から俺と妹の頭のできの違いは周りの大人はともかく学校の同級生、そして俺にも明確にわかるほどだった。
双子というちょうどいい比較対象があったからか、俺はいつも妹と比べられ、妹もできの悪い俺を邪険に扱っていた。
人は皆、俺を妹のおまけとしか考えていなかった。
俺もそんな冷めた対人関係に諦めというか、それに近いものを感じていた。俺の幼少期はある意味灰色だった。
いつからだっただろうか。
妹と二人で笑い合えるようになったのは。
妹の哲学めいた難しい言葉に、暖かみのある感情に気付き、感じたのは。
「なあ、教えてくれ。最初は俺のこと良く思ってなかったよな。いつからだ、お前がブラコンになったのは?」
俺がそうたずねた瞬間、妹は表情を曇らしたかと思うと急に泣き出した。
「お、おいどうしたっ。やっぱり俺にこんなこときかれるのは良くなかったか?」
「ううん、違うよ。ただね、むかしのことを思い出しちゃった」
「むかし?」
「うん。私が小学生の頃、病気になって何日も入院してたときの」
そう。
馬鹿は風邪をひかないのか、それとも天才が風邪をひいてしまうのか。
妹は過去に一度、重い病にかかり半年間入院生活を送り、さらにその半分を昏睡状態ですごしていた。
当時の担当医には助かる確率は五分五分と言われていた。医者が言っているだけで、本当はもっと低かったのかもしれない。
こうして妹が元気でいられるのも、奇跡に等しいらしい。
「あのときがどうかしたのか?」
「うん。と、言っても、その前からって言った方がいいかな」
「?」
「私さちっちゃい時から考えることが大人びてるというか、同い年の子より一線越えてたでしょ? だから、かな。天才って言われてても、それが私のことを心の底からしたってるからか、それとも単に私が誰かより『少しだけ』頭のできが違うからなのか、とか、この人は何か下心があって私に近いてるんじゃないかっていろいろ考えちゃって。疑心暗鬼になっても、周りに対する変化が恐くて無理やり笑顔作ってストレスたまって……兄さんに八つ当たりしてた。それから、病気にかかって。知ってた? 最初の頃は昏睡状態ってなってたけど時々意識があったんだよ。意識が戻る度に辛くて痛くて暗くて恐かった。目を開いても、すぐそこに自分の世界があるのかわからなくてすごい不安だった。実際お見舞いなんてほとんどこなかったんでしょ? もちろん、父さんと母さんが仕事で忙しいのも知ってたし、クラスの人もそんな頻繁に来れないのも知ってた。でもね、それでもね、やっぱり不安だった。ははは。笑っちゃうよね。クラスの中でちやほやされてたお姫様が、本当はただの猜疑心の強い根暗だったんだよ。でもね、ある時また意識が戻るとね、手のひらに暖かい感触がしたんだ。気になってうすく目を開けるとね、私の手を優しく握りながら私の名前を何度も呼んでくれた兄さんがいたんだ。あれでしょ? 小学生の頃に流れた噂で、その人の名前を一日百万回言ったら元気になるってやつ。あの時はそんなのなんの根拠もないし、くだらないって思ってた。今だって、そう思ってる。でもね、兄さんは信じてくれた。信じて、私の名前を何度も何度も呼んでくれた。そしたらね、まるで最高の魔法にかかったように体が軽くなったの。うまく言えないけど、とてもとても暖かくなったんだよ。自分はそばに居てもいい、一緒笑ってもいい。この人のそばに居たい、一緒に笑いたい。そんなふうに思えたんだよ。
だからね、お兄ちゃん。大好き」
突然抱きついてきた妹を、俺は戸惑いながらも受け止める。嬉しそうに俺の胸に顔をうずめる妹のさらさらな髪を優しくなでる。
けれど驚きだった。こいつが影では悩んでいたことも、自分の才能に苦悩していたことも、その噂を聞いてから毎日のように続けたおまじないを知っていたことも。
馬鹿な俺には天才の悩み事なんてわかりはしない。
でも、兄としてなら、このかわいい妹の不安をたった一つでも取り除けるかもしれない。
これぞ名案!、と言えるほどのものは浮かばないが、とりあえず一つ、これだけは言っておこう。
「なあ、暦」
「なあに、零樹兄さん」
「どさくさに紛れてシャツの中から俺の体をなでまくるな!!!」
「もう、何言ってるの? 抱きついた時にたまたま服の中に手が滑っちゃっただけだよ。そもそも人の背中をなでるという行為は、精神学・医学ともに素晴らしい効果があり、私は兄さんの健康を考えてのことなんだよ。はぁはぁ」
「もっともらしいことを言っても、最後の最後で台無しだよっ。てか、離れろ。さっきまでの俺のシリアスムードを返せっ」
「いやだ。まだ告白の返事もらってない」
「告白!? あれ告白だったの!? ていうか、もちろん――」
「イエスと言わなかったら、このまま肋骨折るわよ」
「脅しにくるなよ!」
「もしくはヤンデレになる」
「それはそれで怖いっ」
「なんで駄目なの~。古来より近親相姦や同性愛、身分の違う者同士の愛等、禁断の愛は忍ばれつつも確かに存在してきたのよ? それなら私達がその意思を受け継ぐしかないじゃない」
「さりげなく恐ろしい単語をさらっと並べるな。いくらなんでも、血の繋がりのある二人がそういうのは駄目だろって俺は言いたいの」
「大丈夫だよ。私が兄さんを教育。いや、調教? あれ、洗脳? それとも、監禁? まあ、どれでもどんな手段を使っても兄さんをその気にさせるつもりは十分にあるから」
「するなっ! どんな手段を使っても俺に待つのは破滅だけだよ」
「もぉー、じゃあ血が繋がってなかったら、何してもいいの?」
「ああ。血縁状お前と赤の他人だったら、恋人なり手をつなぐなりえっちなりなんなりやってやるよ。……お、通話だ。悪いな、外すぞ」
ポケットの振動を感じ、まだ何か言いたげな妹をリビングに置いて自室に行く。相手は親父だった。
「なんだ、どうしたんだ突然?」
『そっちはどうだ。元気にしてるか? 暦とは仲良くやってるか?』
「うん。相変わらずな感じ」
『そうか……。実はな、お前に言わなくてはならないことがあるんだ』
………………あれ、なんだろう? スッゲー、嫌な予感。
『零樹、聞いてるか?』
「あ、ああ、聞いてるぞ、うん」
『そうか、実はな――――お前と暦は実の兄妹ではないんだ』
「なんでだーーーーーっ!!!」
確かにフラグっぽいものはたてたけどさ!!!
『今まで言わなかったのは、すまなかったと思っている。母さんと話しあって言うことにしたんだ、昨日』
「えーと、それは本当なんだな?」
『神と愛するお前達に誓って本当だ』
なんでこんなタイミングでっ!?
いや待て、このことを妹にいわなければいいだけで、隠し通せばいいんだ。そう、大丈夫まだチャンスは充分に――
『ちなみに暦には母さんが話しているから』
「俺のささやかな希望が!」
『とにかく、そういうことなんだ。血の繋がりがなくても、暦を大切にするんだぞ?』
むしろ自分の身を案じたい。
『じゃあ、話しは以上だ。高校生活楽しむんだぞ。休みには帰ってこい。じゃあな』
「あ、ちょっと待てっ。……切りやがった」
仕方なしにコール・エレメントをポケットにしまう。
すると、背を向けていた扉から強烈な邪気がっ。
恐る恐る振り向くと、扉を半分開け俺を見ながらニコニコともニヤニヤとも言える表情を浮かべる妹――いや、義妹の姿が。
「義兄さん」
「なんだい義妹よ」
「子作りしましょう!」
「ぶっ飛び過ぎだ!!!」
こうして俺の青春はまた、おかしな方向へ進んでいった。
でも、楽しくないわけではない。ようは取り方の問題だろう。
それなら、前向きに考え、行動に移してみるか。
敵前逃亡という形で。
「ふふふ。私が主観、客観的。倫理、認識、存在、人生、思考、夢想……。あらゆる角度から兄さんを愛しつくし、骨抜きにしてメロメロにしてあげる!」
「断固拒否!」
人生、諦めないで逃げ続けることこそが肝心であり唯一の希望。
こんなことを思う俺も哲学者の素質があるのだろうか。
いかがでしたでしょうか?
ヒロインがちゃんと哲学できていたなら幸いです。
短編は初なので、ぜひ感想をお願いします
それでは、ありがとうございました