寝ている間に
寝そべっている男のもとに、そっと一人の女が近寄った。
「ねぇ、幽霊って信じる?」
その声に驚きが隠せない男は、動揺しているにも関わらず、どこか冷静に返事をした。
「僕がどれだけ現実主義か、君が一番良く知っているだろう」
想像通りの返事に、つい笑みが浮かぶ。
平日の夜。普通の一軒家の、普通のリビング。何処にでも売っていそうなソファに寝そべる、仕事終わりの男。
疲れた表情が、愛しい人との会話で少し和らいだ気がした。
「でも、信じてみても良いかもしれない」
「なによ、それ」
声を出して笑う女。上から目線の男に呆れているのだろうか。
「幽霊という存在は恐れの対象にもなるが、誰かを救う対象にもなる。その存在を信じることで、気持ちを強く持てる人もいる」
「そうね」
「だがやっぱり不確定だ」
「それもそうね」
「いつ現れるか、何をしたいか、分からない」
思想や価値観といった踏み込んだ内容のようだが、変わらず会話のテンポは良い。
「私は、分かる気がする」
「へぇ」
「きっと彼らは何かを願っているのよ。生者の前に現れる幽霊って、未練があるってことじゃない?」
「そうかもしれない」
「何かを叶えてほしいから、きっと現れるんだわ」
「じゃあ、願いが叶えば見えなくなるのかい?」
「ええ、そうよ。満足していなくなるの」
凛とした声が男の頭に響く。
自信ありげに話す女に、男の心は納得と怪訝で埋め尽くされる。
「……じゃあ、どんな願い、どんな未練があると思う?」
「うーん……ネットの閲覧履歴を消して欲しい、とか」
「少々俗物的だね」
「あら、きっとみんなこんなものよ」
「それなら、例えば君は……どうなんだい」
「私?」
静かな時間は、女の表情を穏やかなものから、どこか寂しげなものへと変えていった。
「……大切な人に、愛と感謝を伝える」
「それが、君の未練だと?」
「ええ」
答えた女は深呼吸をする。
そして笑みと涙を浮かべながら、丁寧に言葉を紡いだ。
「……今までありがとう。貴方と出逢えて本当に幸せだったわ」
「……」
「ずっと、愛しています」
「……うん、僕もだよ。僕も、愛しているよ」
最後は柔らかい笑顔だった。
その表情を噛み締めながら、男は涙に濡れた夢から覚めたのだった。
「さようなら」




