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寝ている間に

作者: 日向透
掲載日:2026/07/03




 寝そべっている男のもとに、そっと一人の女が近寄った。



「ねぇ、幽霊って信じる?」



 その声に驚きが隠せない男は、動揺しているにも関わらず、どこか冷静に返事をした。

「僕がどれだけ現実主義か、君が一番良く知っているだろう」

 想像通りの返事に、つい笑みが浮かぶ。


 平日の夜。普通の一軒家の、普通のリビング。何処にでも売っていそうなソファに寝そべる、仕事終わりの男。

 疲れた表情が、愛しい人との会話で少し和らいだ気がした。


「でも、信じてみても良いかもしれない」

「なによ、それ」

 声を出して笑う女。上から目線の男に呆れているのだろうか。

「幽霊という存在は恐れの対象にもなるが、誰かを救う対象にもなる。その存在を信じることで、気持ちを強く持てる人もいる」

「そうね」

「だがやっぱり不確定だ」

「それもそうね」

「いつ現れるか、何をしたいか、分からない」

 思想や価値観といった踏み込んだ内容のようだが、変わらず会話のテンポは良い。


「私は、分かる気がする」

「へぇ」

「きっと彼らは何かを願っているのよ。生者の前に現れる幽霊って、未練があるってことじゃない?」

「そうかもしれない」

「何かを叶えてほしいから、きっと現れるんだわ」

「じゃあ、願いが叶えば見えなくなるのかい?」

「ええ、そうよ。満足していなくなるの」


 凛とした声が男の頭に響く。

 自信ありげに話す女に、男の心は納得と怪訝で埋め尽くされる。

「……じゃあ、どんな願い、どんな未練があると思う?」

「うーん……ネットの閲覧履歴を消して欲しい、とか」

「少々俗物的だね」

「あら、きっとみんなこんなものよ」

「それなら、例えば君は……どうなんだい」

「私?」


 静かな時間は、女の表情を穏やかなものから、どこか寂しげなものへと変えていった。

「……大切な人に、愛と感謝を伝える」

「それが、君の未練だと?」

「ええ」

 答えた女は深呼吸をする。

 そして笑みと涙を浮かべながら、丁寧に言葉を紡いだ。

「……今までありがとう。貴方と出逢えて本当に幸せだったわ」

「……」

「ずっと、愛しています」

「……うん、僕もだよ。僕も、愛しているよ」

 最後は柔らかい笑顔だった。

 その表情を噛み締めながら、男は涙に濡れた夢から覚めたのだった。


「さようなら」




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