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【番外編・IF話】灯のともる場所

レオがソフィアの引き留めに成功した場合の「もしもの話」です。

現実ではソフィアはテオドールと共に旅立ちます。

「就職祝い、してくれない?」


朝、いつもより早く焼き上がったパンを袋に詰めながら、僕はソフィアに言った。


「今日から正式に教師になるんだ。だから、ささやかでも、何か特別なことしたいなって」


ソフィアは少しだけ驚いた顔をして、それから静かに微笑んだ。


「もちろん。じゃあ、今日はスープを丁寧に作るわね。」


その笑顔に、少しだけほっとした。


……気づいていた。

昨日、背嚢の中に畳まれたマント。旅支度のような小さな包み。

彼女はまた、歩き出そうとしていた。


誰かを救うために。

どこかの知らない町で、傷ついた人に手を差し伸べるために。


だけど僕は、それを今は見なかったことにした。


旅立ちのきっかけを、僕がくじいた。


それでも、ずるいとは思わなかった。

たった一度、ほんの少しだけ、彼女を隣に留めておきたかった。



夜になって、ふたりで夕食を囲んだ。

スープはいつもより少し濃く、パンは形がふぞろいだったけれど、焼きたてで美味しかった。


「お祝いって言っても、これしかできなかったわ。」


「これがいいんだよ。僕にとっては、これが一番特別なんだ。」


そう言ったら、ソフィアは少し照れたように笑った。


……その笑顔を、ずっと見ていたいと思った。



この町で過ごす日々は、変わらず穏やかだ。


朝は早く起きて、教室の机を並べる。

昼は子どもたちと字の練習をして、夕方にはソフィアの手伝いをする。


「レオ、今日の子どもたちはどうだった?」


「字が反対になっちゃう子がいてね。でも、少しずつ上手くなってる。」


そう話す僕を、ソフィアは「よく頑張ったわね」と言って紅茶を差し出してくれる。

その言葉が、どんな賞状よりも嬉しかった。



ときどき思う。

あの日、僕が引き留めなかったら、彼女はどこへ行ったんだろうと。

今でも、ときどき窓の外を見ている横顔に、遠い風の音を聴いているような気配を感じることがある。


でも、いいんだ。

この人が今、ここにいてくれるだけで。


言いたいことはたくさんある。

そのうちのひとつは、たぶん「好きです」って言葉だと思う。


でも、まだ言わない。


今の距離が壊れてしまう気がして、

言葉を飲み込んだまま、僕は今日も笑う。


旅に出ない未来。

それは、ふたりの間に生まれたもうひとつの選択。


この静かな日常が、そっと続いていくことを祈りながら、

僕は、明日も隣の席に座る。


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