アンジェの依頼
静かで落ちついた屋敷内だった。
豪奢な外見のわりに、内装は気品重視といった感じだ。
たしかに生活空間がきらきらしすぎていても落ちつかないかもしれない。
それはきっと大概の金持ちからしても同じなのだろう。
執事の後に続いてエントランスを抜ける。
いくつかの角を曲がり、階段を登る。
長く続く廊下の先。
先ほど主人のお嬢様が顔を出していたらしい部屋の前で、オルトーさんは足を止めた。
「ここがアンジェお嬢様の自室でございます」
いくつも並ぶ部屋の一室。
その扉の前に、『アンジェリカのお部屋』というネームプレートがでかでかとかかっていた。
オルトーさんはドアを軽くノックする。
そして、「お嬢様、入りますよ」とかるく声をかけた。
そのときだった。
彼の指がドアノブに触れるより先に、スパーンッと凄い勢いで扉が開かれる。
「お待ちしておりましたわー!わたくしのお部屋にようこそ!ささ、どうぞお入りになってくださいまし。お客様なんて久しぶりでテンション上がりますわー!」
なんだか凄く勢いのよい少女が現れた。
あまりにぐいぐい来るその姿に、思わず唖然としてしまう。
返事をする前に、がしりと腕を掴まれる。
挨拶しようとするが、その前に部屋へと引っ張り込まれた。
そして、わたしたちはそのまま丸テーブルの前の椅子に腰掛けさせられる。
まるで花が咲いたような満面の笑顔だ。
彼女は思い切り身を乗り出して顔を寄せてきた。
「お茶はプレタ地区から取り寄せたハーブティーでよろしくて?お花の香りがしてめちゃくちゃ美味いですのよー!」
「お嬢様、お言葉遣いが乱れておりますよ」
「あら、失礼。とっても美味でございますのよー!」
アンジェのきらきらとした瞳がこちらを見つめている。
銀髪の二つのお下げがぴょこぴょこと揺れていた。
歳の頃は十代前半といったところだろうか。
他種族の年齢当てはちょっと自信はないが、ヒト族は数も多いしなんとなくならわかる。
おそらく予想から大きく外れてはいないだろう。
つまり、彼女はリルのように見た目が小柄なだけだというわけではない。
普通にまだ子どもだ。
この弾けるようなエネルギッシュさ。
それは彼女の元来の性格に加えて、若さ所以のものなのだろう。
なんだかあまりのフレッシュ成分に思わず冷や汗が流れる。
ちょっと接し方に迷ってしまうのだ。
なんなら彼女からしたら、わたしなんてひいお婆ちゃんくらいの年齢なのではなかろうか。
(たしか、いとこのお姉ちゃんにこのくらいの歳の子が……。いや、でもあの子は20歳くらいだし……。けど、エルフ的には子どもだしなぁ……)
少し悩んだが、まあいいかと思い直す。
普通にリルと話す感じで接しよう。
体格や精神年齢はリルも似たようなものだし。
「……おい、ラフィ。おまえ今、あたしに失礼なこと考えたろ」
「べつに?気のせいではないですか」
相変わらず無駄に鋭いな、この幼女は。
オルトーさんが手慣れた手つきでテーブルに茶菓子を並べていく。
やはりその辺のマーケットで売っているような安菓子ではない。
見た目からして上等なものだ。
目の前に置かれたティーカップにもお茶が注がれてゆく。
立ち昇る湯気からはとても良い香りがした。
昔はいちいちお湯をわかしていたものだが、最近は保温機なる魔動具ができたため、そんな手間も必要なくなった。
便利な時代になったものである。
アンジェは丸テーブルを挟んでわたしたちの向かいに座る。
そして丸い瞳をきらきらさせながら、こちらに身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、お話聞かせて欲しいですわ!普段はどんなお仕事をこなしてらっしゃるの?そちらの方なんて、わたくしよりも子供でいらっしゃるのに。本当にご立派ですわ!」
「ぶふっ……」
アンジェの言葉に、わたしは思わず口に含んだものを吹き出しそうになってしまった。
褒めているつもりだろうが皮肉にしか聞こえない。
まあ、何も知らない人からしたら、たしかにリルの見た目はただの子どもか。
泣く子も黙る魔族の元冒険者も形無しだ。
リルはこちらをじろりと横目で睨む。
そして、「はぁぁ……」と盛大にため息をついたあと、目の前のアンジェへと吠えかかった。
「誰が子供だ、泣かすぞクソガキ!あたしはてめぇの20倍は大人だ!」
リルの鬼気迫る反論に、「あら、そうなんですの?」と首を傾げるアンジェ。
魔族の猛獣のような眼光もどこ吹く風である。
この子、じつはけっこう大物かもしれない。
「──お嬢様、リル様はおそらく魔族の方とお見受けします。とても寿命が長い種族の方ですので、わたくしどもの印象と実年齢は異なる可能性がございます」
「まあ、そうなんですの。これは失礼致しましたわ」
アンジェは小さな頭をぴょこりと下げて謝罪した。
悪意などはまったく感じない。
単に他人との付き合い方や一般常識を知らないだけ。
まさに箱入り娘といった感じだ。
きっと花を愛でるように、お屋敷内で大事に大事に育てられたのだろう。
アンジェお嬢様はリルを見て、しばし首を傾げる。
「じいや、大人の方のおもてなしなら、お茶よりお酒の方がよろしかったのではなくて?」
「お嬢様、大人の方がお相手でも、おもてなしはお茶で問題は……。──いえ、今回はそれでよろしいかもしれませんね。後ほど、フォルトーニュ地区から取り寄せたワインをご提供致しましょう」
オルトーのその言葉を聞いた瞬間──。
怒り心頭だったリルの表情が、ぱっと花が咲いたように明るくなった。
本当、単純なやつである。
子共みたいというわたしの言い分も、あながち間違いじゃないと思う。
「アンジェ、クソガキとか言ってごめんな!あと、あたしはリルってんだ。友達になろうぜぃ」
「まあ、本当ですの!?わたくし、お友達なんて初めてですわ!」
本日二度目のリルの謝罪である。
今日はやたらとレアドロップの多い日だ。
それにしても、……初めての友達か。
たしかにこれだけの家柄の一人娘だ。
外には不穏なことを考える連中も多いだろう。
おいそれと他人と付き合わせるわけにもいかないのかもしれない。
オルトーさんをちらりと見ると、彼も少し複雑な表情を浮かべていた。
……なるほど、先ほどの頼み事はこういうことか。
『──どうか、お嬢様とお友達になってはいただけないでしょうか』
そう話していたオルトーさんの言葉を思い出す。
金持ちの箱入り娘というのも、意外と窮屈で可哀想なものなのかもしれない。
「お嬢様。そろそろお話はよろしいでしょう。本題に入られては?」
「ああ、そうですわね!すっかり舞い上がってしまいましたわ」
アンジェは口元に手を当て、「コホン」と大仰に咳払いをする。
そして居住いをきちんと正し、わたしたちへと向き直った。
銀色の瑞々しい髪がさらりと揺れる。
「──あなた方には、タルトちゃんを探して欲しいんですの」
じつに完結に述べられたその言葉。
依頼内容にしては少々説明不足なそのセリフに、リルが首を傾げる。
「あん?菓子なら作るなり買ってくるなりすればいいじゃねぇか」
「いえ、タルトちゃんはお菓子ではありませんわ。大事な家族なんですの」
「ああ、身内の名前かぁ……?まあ人探しってなら、うちらの仕事ではあるけどなぁ」
リルが、うーんと腕組みする。
人探しか。
まあたまにある依頼だ。
失踪者の捜索は治安局の仕事ではあるが、あちらは緊急性の高い治安維持や魔獣対策が主な仕事だ。
なので、わりと後回しにされやすい事案なのである。
なので、痺れを切らした身内が請負屋に調査を依頼することは稀にある。
だが、すんなり一日で見つかるなんてことは滅多にない。
引き受ける方としても、少々面倒な依頼なのである。
リルが渋い顔をしているのはそのせいだ。
だが、責任もって引き受けると言ってしまった手前、断るわけにもいかない。
……まあパルメにでも頼めば、手がかりの情報の一つや二つくらいは手に入るだろう。
だが、アンジェはきょとんとした顔で首を傾げる。
そして、リルとわたしの顔を交互に見つめた。
「タルトちゃんは人間ではありませんわ。もふもふで、とっても可愛い鳥さんですのよ」
「「は?鳥ぃ!?」」
思わず相棒と声を合わせて叫んでしまった。
というか、タルトちゃんてペットのことかい。
しかし、鳥……。鳥かぁ……。
犬や猫ならまだ対策の立てようもある。
やつらなら羽を生やして飛んで行ったりはしないからだ。
だが、鳥相手となると一筋縄ではいかない予感がする。
お嬢様のやりとりを見ていたオルトーさんが、少し気まずそうに口を開いた。
「現在、お嬢様のペットが失踪し、行方不明になっているのです。家の者も警備の者以外はほとんど捜索に出ているのですが、発見には至らず……。今は少しでも人手が欲しい状況なのです」
オルトーは困ったように目を伏せる。
アンジェも、頬に手を当ててため息をついた。
「タルトちゃんはわたくしの家族も同然なのですわ。小さい頃から共に育ってきた妹のようなものなんですの。門の外の世界は恐ろしいとお父様もよく言ってらしたし……。わたくし心配で心配でご飯も喉を通りませんの」
「朝食も昼食もおかわりをしておりましたが……」
「普段なら3杯はいけますのよ」
お嬢様は悲しそうな表情でそう言った。
……まあ、健康には影響なさそうで一安心である。
ストレス耐性は高い子のようだった。
「まあ依頼ならかまわねーけどなぁ……。あんたら金払いは良さそうだし。けど、飛び回る鳥なんてどうやって探しゃいいんだぁ?」
リルは、むぅ、と渋い顔をして考え込む。
たしかにそうだ。
鳥なら餌で釣るわけにもいかないし、名前を呼べば出てくるものでもないだろう。
あげく、見つけたとしてもパタパタ飛んで逃げられては敵わない。
普通に考えれば難易度の高い依頼である。
だが──。
その常識はあくまでそこらの一般的な請負屋での話だ。
わたしはリルの横顔を見ながら、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
魔族の少女は怪訝な顔でこちらを見返す。
「……なんだよ、ラフィ。そのニヤけ顔。なんかちょっとキモいぜ」
「──ふふん。リルはわたしが魔術師だってこと忘れてませんか?」
そう──。
わたしは魔術師。
常識で考えて無理そうなことも、わたしの魔術なら実現できることもあるのだ。
「失くし物を探す魔術は得意なのです。これは、父さんが初めて教えてくれた魔術で──」
言いかけ、口をつぐむ。
危ない……。つい要らないことまで口が滑りかけた。
父とのことはあまり思い出したくない。
半ば喧嘩別れのような状況で実家を飛び出してきてしまったからだ。
今はあまり向こうのことは考えないようにしている。
……まあ、とりあえずだ。
ここで今、わたしの魔術が必要とされ、役に立つことができる。
この場で必要な事実はそれだけだ。
リルが顎に手を当て、「うーん……」と何やら気難しげな顔をしている。
何か変に勘繰られたか……?
魔族の少女はじろりとこちらを見上げる。
そして、心底不安そうに呟いた。
「──あのさぁ……。また爆発とかしないよな……?」
「は?!しませんよ!わたしの魔術をなんだと思ってるんですか!」
「取り扱い危険物」
ぼそりと漏らすリル。
わたしはスパンと彼女の頭を引っぱたいたのだった。