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第6話

   

 丘を降りた俺は急いで駅前まで戻り、前日以上の勢いで、観光案内所へ飛び込んだ。

 中にいたのは、前日とは別人。気さくな田舎のおばさんといった感じの中年女性だった。

「すいません。昨日の人に紹介された温泉宿が……」

「はあ? 何の話でしょうか……?」

 俺の言葉を途中で遮り、彼女は怪訝な顔をする。

「ええっと、昨日の夕方にここを訪れて、その時いた担当の人に、温泉宿の一つを教えてもらって……」

 食事も温泉も問題なかったけれど、夜中(よなか)におかしな子供が現れたこと。目が覚めたら神社の跡地に放り出されていたこと。

 そこまで説明したところで、再び話を遮られた。

「ちょっと待って。そもそも、その『担当の人』って、いったい誰のこと? ここに詰めてるのは、いつもあたしだけですよ」


 俺が訪れたのは午後六時過ぎ。そこが大きなポイントだったらしい。

 この観光案内所が開いているのは夕方五時までであり、昨日も彼女は定刻ちょうどに、きちんとドアを施錠して帰ったと主張するのだから。

「え? え? じゃあ昨日、俺が会ったのは……」

「狐か狸にでも化かされたんじゃないですかねえ。お客さん、何か()られてませんかい?」

 肩をすくめながら言う様子を見れば、他愛ない軽口なのは俺にもわかる。

 こちらは真剣なのにそんな態度をされると、少しムッとしてしまうが……。ここで怒るのも大人気(おとなげ)ない。そう思って、冗談には冗談で返すことにした。

「この辺りの動物って、追い剥ぎみたいな真似するんですか?」

「バカ言っちゃいけません。人を化かすような狐や狸は、もはや(けだもの)でなく(あやか)しの(たぐ)いだし、(あやか)しなら人間の金品は必要としない。彼らが()るのは、命か寿命に決まってますよ」



 その後。

 あの温泉地を訪れる機会は二度となく、別の場所で幽霊や妖怪っぽいものに出くわすこともなかった。

 あんな不思議な体験は、俺の人生において、あれ一度きり。結局あれが何だったのかも不明のままだ。

 でもとりあえず、こうして俺は、五十代の今もピンピンしているのだから……。もしも案内所のおばさんの言う通り、狐や狸の化け物に寿命を()られたのだとしても、その()られた分はごくわずか。人生には影響しない程度だったに違いない。 

 いや、その程度で済んだのは、もしかしたらあの少女のおかげ。「ありがとうね!」と感謝の言葉を口にしたくらいだから、その御礼(おれい)のつもりで、俺を助けてくれたのではないだろうか。




(「駅前の案内所にて紹介された温泉宿は」完)

   

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