第5話
暗闇でもわかるほど艶やかな黒髪を、肩にかかる程度の長さにして、前髪はおかっぱ風に切り揃えている。年齢は四つか五つくらい。何かの花をあしらった模様の赤い着物に身を包み、まるで日本人形みたいな雰囲気を漂わせていた。
動揺が大きすぎると、かえって逆に、頭の一部が落ち着くのかもしれない。冷静に観察する余裕なんて全くなかったくせに、最初の一瞬で、俺はそれだけのことを見て取れたのだ。
しかも俺の方から、彼女に声をかけていた。
「お嬢さん、部屋を間違えたのかな? ここは君の部屋じゃないからね」
現代の洋風なホテルとは異なり、昔の和風の旅館ならば、客室に鍵はかからない。隣室の客がうっかり入ってくることも、十分に考えられた。
……などと思ってしまうのは、まだ俺が半分寝ぼけていたからだろう。昼間ならばまだしも、こんな夜中に、宿泊客の子供が部屋を出入りするはずもないだろうに。
その点に俺が思い至るより先に、少女が口を開く。ただし、俺の問いかけに対する答えではなかった。
「見つけた……。ありがとうね!」
何を「見つけた」のか、何に対しての「ありがとう」なのか、俺には全くわからない。
戸惑う俺とは対照的に、言いたいことを言っただけで満足したらしく、少女は枕元から立ち去っていく。
不思議なことに、足音どころか、部屋の戸を開ける音すら聞こえなかった。
まともな状態の俺ならば「スーッと消えるなんて、あの子は幽霊か?」と驚き慌てるところだが……。
「ああ、座敷童子だったのかな?」
好意的な解釈の独り言が口から出たのも、きっと寝ぼけていたからだろう。
そのまま俺は、再び眠りにつくのだった。
翌朝。
目を覚ますと、そこは旅館の一室ではなく、薄汚い蔵みたいな建物の中。
今度こそ驚いて飛び起きて、急いでその蔵からも飛び出して、自分の居場所を確認すると……。
前日の夕方に訪れた神社跡だった。俺が一泊した蔵は、一つ残されていたあの石造り。あの時「せっかくだから」と二拍一礼した建物だったのだ。
慌てて参道を駆け降りる。
三つある鳥居の二番目を潜った際、ふと頭に浮かんだのが「鳥居は霊道の目印だ」という話。悪霊の出没に悩まされた場合、近所の壁などに鳥居のマークを書くことで、そちらへ霊を誘導することが出来るという。
ただし「神社は神様の場所だから、霊たちは神社の鳥居を潜れない」という考え方もあるらしい。神様の通り道という意味での「霊道」だ。
同じ「霊道」と呼ばれるものであっても、幽霊の通行という観点からは、全く真逆の概念になってしまうが……。
どちらとも矛盾しない解釈として「神様のいる神社の鳥居ならば、幽霊は通れない。逆に神様のいない鳥居ならば、幽霊は積極的にそこを通る」という考え方はどうだろう?
この仮説が正しいとしたら、例えばこの神社みたいに既に廃れて神様不在のところにある鳥居は、それこそ幽霊たちを惹きつける絶好のスポットとなるはずで……。