第4話
「……では出発します」
運転席の男が低い声で呟き、車が走り出す。
三列シートのワゴン車だが、乗客は俺一人だけ。まるで、わざわざ俺専用に用意された送迎車みたいだ。ちょっと贅沢な気分になりながら、窓の外に視線を向けると……。
ワゴン車が進むのは、見覚えのある道路だった。ついさっき俺が歩いたところだ。
田畑ばかりの景色なんて区別できないとしても、遠くに見える山々の配置なども一致するのだから間違いないだろう。
しばらくして、
「……到着です」
と運転手が車を停めたのは、あの廃神社があった丘の麓。温泉宿は丘の上にあるけれど、そこまで車は入れないので、ここから徒歩で行くらしい。
今度は鳥居は見えないから、あの参道とは違うルートなのだろう。そんな山道を登って……。
辿り着いた先にあるのは、小さな旅館だった。木造の建物で、一棟の安アパート程度の規模だ。部屋数は多くないとしても、温泉地独特の硫黄臭は漂ってくるので、とりあえず温泉があることだけは確実なはず。
「いらっしゃいませ」
女将なのか仲居なのか、紺色の着物姿の女性が出迎える。すらりとした体つきの彼女に案内されて、客室へ向かった。
もう夕方も遅い時間だったため、すぐに夕食が運ばれてくる。部屋は少し狭いくらいだが、料理は満足できる味だった。
食事の後は入浴だ。緑の木々に囲まれた露天風呂で、温めのお湯が心地よい温泉だった。
入浴中は誰にも会わなかったけれど、貸し切りというわけではないらしい。風呂場までの行き帰り、パタパタと廊下を走る足音が聞こえたように、泊まり客の気配も感じ取れたのだから。
「うん。行き当たりばったりの一人旅で、良い温泉宿に巡り会えたじゃないか」
布団に入る時には、思わずそんな独り言が口から飛び出したくらいで……。
何か変だ。
一種の「虫の知らせ」みたいなものだろうか。
不思議な感覚にとらわれて目が覚めたのは、一眠りした後だった。
窓の方へ顔を向けずともわかる。外には夜明けの兆しすらなく真っ暗なので、まだ真夜中に違いない。
その程度の理解で目を開けた途端、枕元に何者かの気配を感じた。驚きと共に、そちらへ視線を向けると……。
一人の少女が、俺の顔を覗き込んでいた。