雪遊びはおことわり(好事百景【川淵】出張版 第十i景【手裏剣】)
リアルに想像すると、凄惨なことに(汗)
忍者の里にも雪が降る。
白い訪問者は、いまも舞い降りつづけ。きょうは、この地方にはめずらしく、雪だるまがつくれるほどに積もっていた。
こどもたちに忍具の使いかたを教える授業をうけもっている僕は、始業時間に教室に向かうのだけれど。
きっとこの雪じゃあ、みんなはしゃいでるだろうなあ。外を駆けまわったまま、帰ってこなくて。
僕が着くころは、教室はまだ、がらんとしているかもしれない。
そんなふうに思っていたのに。
僕が扉をあけると不思議なことに、教室には生徒が全員そろっていた。席をはなれておしゃべりしていた数名も、僕に気づくと、すぐに着席して。
いつもよりスムーズなくらいに、始業時間を迎えることができたのだ。
そこで。感心するというより、ひょうしぬけした僕は、気まぐれを起こしてみた。
「せっかく、雪が積もってるんだ。
この時間は、みんな外で雪遊びでもしようじゃないか」
本来なら、きょうは。前回習った手裏剣の種類のおさらいからはじめる予定だったけれど、たまにはいいだろう。
こどもたちも喜んでくれるばず——だったのだが。
歓声はひとつもあがらず、それどころかみんな、なぜか青い顔をしている。
「先生!
雪遊びより、予定どおり教室で授業をしてください。
演習場で、手裏剣の実技だってかまいません」
「おいおい、どうした?
これしきの寒さで、外で遊びたくなくなるなんて、立派な忍者になれないぞ。
それに、積もった雪のうえでの雪合戦は、雪上での投擲の訓練になる。
いきなり手裏剣じゃあぶないから、雪玉がちょうどいいんだ」
予想外の反応に戸惑う僕。いいおとなになった自分ですら、雪遊びにはいくらか心惹かれるものなのだが。
さきほど、通常の授業を希望する声をあげた生徒——おさないながら、下忍の資格をもったクラスでも優等生の彼が言う。
「その手裏剣ですよ。
前回の授業で、十字以外にもいろんなかたちがあるって教えてくれましたよね?」
うん、さすが優等生。ちゃんとおぼえているじゃないか。
んで、それがどうしたわけだ?
「ぼくたち、以前に雪の結晶を写真で見たんですよ。
あれって六角形で、なんかぎざぎざしててすごく綺麗なんですが」
うん、うん。先生も雪の結晶は好きだぞ。なんか、レースの模様みたいだよな。
「でも、前回の授業で、いろんな手裏剣のかたちがあるって知ってから。あの結晶のかたちが、六角形の手裏剣に見えてしまってしかたないんです!
雪のひとつひとつが、あんなぎざぎざした手裏剣で、それが空から降ってくるんだとしたらって考えると……。
ぼくたち、もう怖くて雪の降るなかを出歩けなくなってしまいました!!」
突拍子もない話に思えたが、そこはこどもの想像力だ。
頭ごなしに馬鹿にするのは、教育者としてふさわしくない態度である。
僕もなけなしの想像力をはたらかせて、手裏剣のように鋭い雪だか、雪のように舞い降りる手裏剣の雨だかを想い描いてみた。
うげっ!
こんな僕でも、それなりの任務経験はあって。多勢に囲まれて、それこそ手裏剣の雨に祟られたことだって、一度や二度ではない。もし、この雪のように手裏剣が降り注いてきたとなれば、忌まわしい記憶がよみがえるどころではない。
僕の顔は、生徒たち以上に青ざめてしまっていただろう。
「よくわかった。
先生も、そのほうがいいと思う。
しばらく前回のおさらいをやってから、演習場へ行って実技をやろうな」
こんなところで雪にトラウマを負っては、将来の雪中の任務に差し障るだろう。雪=手裏剣のイメージをなんとか払拭してやるべきだとは思うが、いまの僕にそこまでの余裕はなかった。
窓のそとの雪を見て、僕はひとつ、おおきな身震いをする。
終業しての帰り道は、置き傘をひっぱり出して、ちゃんとそいつをさしながら帰るつもりだ。
たとえ、あの雪にうたれようと、白い景色が赤く染まることなどはないと。
僕とてちゃんとわかっているのだけれど。