◇21
この日の出来事を家に帰ってからテスに詳しく話した。
テスは息を止めて話に聞き入っているように見えた。話が終盤になると、ほうっと生き返ったように息をつく。
「あなたが無事でよかった……」
「私なら大丈夫です。もう命を狙われることもないでしょう」
そっと微笑みかけると、テスは困惑気味に眉を下げていた。
「そうだといいいのですが」
そこで一度言葉を切ると、テスは改めて姿勢を正した。
「実は今日、あなたのお父様にお会いしてきました。メルレ伯に肩代わりしてもらった金額の半分を私が用立てるという方向で話がまとまりました」
「えっ? テス伯母様にそんなことをして頂くわけには――」
「私にとって金銭で解決するのは一番楽な方法です。全額ではありませんよ、あくまで半分ですから」
「どうしてですか? 父たちが可哀想になりましたか?」
すると、テスは少し笑った。その瞬間に、ポーレットが的外れなことを訊いたのだと思えた。
「ミシリエ男爵家には後がありません。全額の払い戻しと謝罪のために色をつけるようなことはできませんから、放っておけば自暴自棄になるでしょう。でも、半額であれば家財を手放すなり、伝手を頼るなり、どうにかできないことはありません。半分助けたことでその実、以前よりも落ちぶれるのは必至なのですよ」
どうにもならないと絶望して屋敷に火を放ったり、ポーレットに害を加えたり、何かをしでかす可能性がある。だからテスは金を出した。それによって、父たちはテスに頭が上がらなくなる。
ただし、その助け方では今後社交界では抹殺されたようなもので、社交場ではもう父たちとは顔を合わさない気がした。
今後は生きていくのに必死で、無駄に育った矜持を削ぎ落されていくのだろう。労働者とそう変わりない日常が待っている。
「助けるのは今回だけ。もし今後、金銭の無心をすることがあれば、その時は徹底的に叩きます」
ピシャリと言い放つ。
ランベールが言ったように、確かにテスは父たちが太刀打ちできる人物ではないらしい。
「自分たちが招いた結果ですからね。あの方々があなたをもっと大切にしていたなら、私も違ったやり方を選んだでしょう。自分たちには思いやりの貯金がなかったのに、他人から思いやりを受け取れるなんて、そんな虫のいい話はありませんから」
自らの行いが返ってきた、それだけのことだとテスは言うのだ。
そうなのかもしれない。困った人に手を差し伸べておけば、困った時に差し出される手は増えていたはずだから。
ただ――と、テスは言った。
「シュゼット嬢に関してはあなたが助けてあげるのはよいことでしょう。彼女はまだ長い道の入り口ですから。あなたに助けられ、感謝して、その感謝を胸に人に思いやりを持てばこれからどうとでもなります」
そうであってほしい。
あの時、素直に心を打ち明けて謝ってくれた。シュゼットがあんな素直さを持っているのだと、これまでポーレットは知らなかったのだ。彼女だって悪いところばかりではないのだから。
「ええ。ランベール様もそう仰ってくださる気がします」
そうしたら、テスはどこか含みのある笑みを見せた。
「そうそう、メルレ伯ですが、もうあなたに執着はしないことでしょう」
「えっ?」
「あまりに物分かりが悪いので、少々懲らしめて差し上げました」
「え……っと」
優雅に紅茶を飲んでいる伯母は、この時だけ魔女の顔をしていた。
「私にはルネほどの力はありませんが、少しくらいは魔法が使えます。私は五分程度の時間を止められますので、通された書斎で差し向かいで話しながら、その五分で弱みを握らせて頂きました」
涼しい顔をして怖いことを言った。
けれど、そんな力もテスならば悪用することはないのだろう。多分、普段はほぼ使っていない力だ。
ポーレットは可笑しくなって少し笑った。
「さすが伯母様です。ありがとうございます」
会ったことのないメルレ伯だが、嫌な思いはさせられたので可哀想だとは思わない。
しばらく笑っていると、ふとテスが母性を滲ませた目をポーレットに向けていた。
「あなたは幸せにおなりなさいね」
「はい!」
力いっぱい答えた。
テスと、それから亡き母に向けて。
【 The end 】