◇19
後日、テスとはお茶を飲みながら話した。
「ランベール様があなたのことをもらい受けたいと言い出しましたよ。やっと素直になられたご様子で。メルレ伯の件が効いたのでしょうか」
クスクスと笑いながら言われた。ポーレットは少し恥ずかしかったが、これも幸せのうちかもしれない。
「最初の夜会の翌日、ランベール様がここへ顔を出されたでしょう? 口ではなんと仰ろうとも、気まぐれで来られたなんて方ではありませんからね。夜会であなたが目立っていたから、誰かが目をつけたかもしれないと考えて様子を見に来たのだと思いました」
「そ、そうでしょうか」
テスにはポーレットの気持ちだけでなくランベールの気持ちも見えていたのなら、余計にもどかしかったことだろう。
それはテスが魔女だからではなくて、当事者以外には透けて見えたのかもしれない。自分のことほどよくわからないから。
「メルレ伯のことなら心配要りませんよ。世の中、お金で解決できることばかりではないと教えて差し上げますから」
にっこりと微笑んでテスはそんなことを言った。
「……は、はい。ありがとうございます、伯母様」
優しげに見えるけれど、テスは魔女の力を持つ女性だ。何かするつもりだろうか。
「伯母様、私にはなんの力もないのでしょうか? その、魔女の……」
母にはあったのだ。それなら、ポーレットにもあって不思議はない。
けれど、テスは首を傾げた。
「ないのでしょうね。こればかりは必ずあるとは言えないものだから。でも、ない方がいいのではないかしら」
テスがそんなふうに言ったのは、ポーレットの母がそれによって命を縮めてしまったからだろう。
ポーレットはうなずく。
「なんの取柄もない娘ですけど、ランベール様がそれでいいと仰ってくださるのなら何も求めません」
「ええ。あなたはそのままでいいのですよ」
ランベールとテスがいてくれたら、ポーレットはもうそれだけでいい。
このまま幸せに生きていけると思ってもいいだろうか。
◇
翌日の昼下がり、ランベールが迎えに来た。
近くの小川でボートに乗せてくれるという。ランベールとならどこでも嬉しかった。
穏やかな流れの川にはちらほらと他のボートも漂っている。ほとんどが恋人同士に見えた。
ランベールは誰よりもボートを漕ぐのが手慣れている。ひと漕ぎで大きく進んだ。
水音が心地よく、水面が煌めいている。ドキドキと胸を躍らせながら楽しんでいた。
そんなポーレットを眺めつつ、ランベールは言う。
「休暇が終われば俺はまた船に乗る。今度戻った時には正式に婚約したい」
「はい! でも、あの、お許しは出るでしょうか? 私の身分とか、学のなさとか、不釣り合いだと言われるかもしれません」
そこに行き着いたら急に怖くなった。ただ追いかけていた時よりも、もしかすると一度手に入れて離れる方が苦しいのではないかと。
その不安が顔に出ていたのか、ランベールに笑われた。
「いや、俺が結婚するって言ったら喜ぶだろうよ。一人息子のくせに、家が潰れようと結婚なんてしないって言い張ってたからな」
「まあ……」
それは両親もやきもきしていたことだろう。どうか気に入ってもらえますように、とポーレットは願いたかった。
「マダムはメルレのじいさんと親のことも気にしなくていいと言ってたが、もし揉めそうだったらちゃんと俺に相談しろよ」
「はい、もちろんです」
微笑んで答えると、ランベールはボートを漕ぐ手を止めて体を前に乗り出した。短いキスをすると、ボートが僅かに傾く。人目が気になったポーレットだったが、ランベールは平然としていた。
「どこ見ても同じ、皆やってる」
「そ、そんなことはないような……」
「可愛い」
クッと小さく声を立てて笑う。
ランベールが可愛いと言ってくれるたび、ポーレットは本当に可愛くなれるような気がした。
「自分の心に正直に生きると楽だな」
「最初からそうしてくださっていたら、私もあんなに泣かされませんでした」
拒絶がランベールなりの思いやりであったとしても、そんな優しさは求めていない。
ポーレット自身が選んだことなら結果も納得して受け入れる。それができることが嬉しい。
こんな今があるのは奇跡だ。
「悪かった。もう泣かさない。……多分な」
多分なのかと、ポーレットは可笑しくなった。
けれど、容易く絶対にとは言わないこの人が好きだ。
「好きです、ランベール様」
「知ってる」
「そうでしたね」
他愛のないやり取りだけで満たされる。好きな人といられる時間はそれだけで魔法がかかったようだった。