表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

◇16

「――ポーレット!」


 頬をピシャンと叩かれて、ポーレットは目を覚ました。

 うっすらと目を開けて見てもそこは薄暗く、ただ騒がしかった。誰かに抱え起こされている。

 それがランベールだと気づいた時、ポーレットはハッと覚醒した。


「ラ、ランベール様?」


 かすれた声で問いかけると、ランベールが安堵のため息をついた。

 周囲の人々が口々によかったよかったと言っている。ポーレットはぼうっとする頭で状況を呑み込もうとした。

 ランベールがいつもよりも小さな声で問いかける。


「頭を打っていないか?」

「どうでしょう? 打っていないと思いますが……」

「俺を追いかけて、つい馬車の前に飛び出したとか言うなよ」


 大丈夫そうだと確認した途端に腹立たしさが込み上げたのか、怒った口調で言われた。

 馬車の前に飛び出すほど軽率ではないつもりだが、自覚がないだけだろうか。


「飛び出したわけではありません」

「じゃあ、なんだ? 馬車がギリギリで避けられたから跳ね飛ばされなかっただけで、一歩間違えたら助からなかったぞ」


 それを言われ、ポーレットはゾッと身震いした。震えはランベールにも伝わったようだ。

 この時、老紳士が二人の横に屈み込んで話しかけてきた。


「お嬢さん、災難だったね。私の見間違いでなければ、突き飛ばされたのでは?」


 これにはランベールの方が驚いていた。


「突き飛ばされた?」

「え、ええ。誰かに押されたのだと思います」


 ポーレットが答えると、老紳士はすまなそうに眉尻を下げる。


「暗かったから、相手のことはよく見えなくてなんとも言えないが……。もしかすると、騒動を起こしてその隙に野次馬を相手にスリを働く集団の犯罪かもしれない」


 ――そうだろうか。

 ポーレットが死ねばいいと狙っている何者かがいるのではないだろうか。

 時を遡ってやり直し、危険を回避したような気になっていたけれど、本当は()()とは何を指すのかを理解していなかった。


 あの路地裏で一度死んだ時、ポーレットを刺したのは通り魔などではなかったという不安が押し寄せてきた。誰がポーレットを狙っているのかを突き止めなければ、いずれあの時と同じことが起こるのかもしれない。


 呆然としているポーレットを抱えたまま、ランベールは老紳士の名前と住所と、何か思い出したら連絡してほしいと言って名刺を渡していた。

 じゃあ、気をつけて、と老紳士はポーレットにそれだけ言って去っていった。


「立てるか?」


 ランベールの言葉に、ポーレットはうなずく。

 一人で立ち上がったら、ランベールのぬくもりが遠ざかった。そうしたら、さらに震えが止まらなくなった。そんなポーレットの肩口に視線を落とし、ランベールはつぶやく。


「大体、どうしてこんなところに一人でいる?」

「お、伯母様のお迎えに来て、それで……」

「それで?」

「それで、ランベール様を見かけて、馬車から降りてしまいました」


 これを言った時、ランベールは真剣に怒っていた。ポーレットを見捨てたドニスに憤りをぶつけた時と同じほどには、今のポーレットにも怒っている。


「前にこの辺りを一人でフラついて男共に狙われたのに、もう忘れたのか?」


 それもあるが、刺された衝撃の方が生々しく残っている。そのくせ、また同じ目に遭いかけた。

 自分は本当に考えなしなのだと情けなくなる。

 とっさに言葉が返せずうつむくと、ランベールに顔をすくい上げられた。


「あんたが俺を美化しているだけで、俺もあの連中とそう変わらないが――」


 燃えるような目をしている。そこに優しさはなかった。

 会いたくもないから会いに行かなかったのに、こんなところまで追いかけてきて、本当に鬱陶しいと思われているのかもしれない。

 言動から、完全に突き放すような厳しさを感じた。


「あんたでは遊びたいとも思わない。俺は周りが見えなくて、自分で自分の面倒も見られない女が一番嫌いだ」


 ここまではっきり嫌いだと吐き捨てられてしまうほどには愛想を尽かされたらしい。

 喋れるようになったはずが、また声が出なかった。昔に戻ったような気分だった。


 ランベールは呆然としているポーレットの手をつかみ、無言で歩き出した。テスの店のそばまで連れていかれ、店の前に馬車が停まっているのを目に留めると、ランベールはポーレットの手を放した。


 この時、ランベールはポーレットの顔を見ようとしなかった。

 今生の別れのように、


「じゃあな」


 とだけ吐き捨てて背を向けた。

 こんなにも悲しいのに、泣きたくない。テスに心配させてしまうから。


 ポーレットがあの人の心を手に入れるのは無理なのだろうか。何もかもが違いすぎるから。

 滲む涙を堪えて、ポーレットもランベールに背を向けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ