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◇15

 行かないとは言われたけれど、本当に来てくれない。

 このまま二度と来ないつもりだろうか。


 ランベールはポーレットに会いたいとは思っていないのだ。

 ただ、ランベールを待ち焦がれて屋敷に閉じ籠っていていいことがひとつだけあった。


 それは、五月二十一日が過ぎたことだ。

 路地裏でポーレットが刺された二十一日が何事もなく過ぎた。今日は二十三日だ。

 テスも喜んでお祝いだと言って綺麗なルビーの首飾りをくれた。


 これでもう、恐ろしいことは何もない。そう考えていいのだろうか。

 けれど、ポーレットの命が脅かされないとしても、このままランベールが離れていくのだとしたら、それは生きながらに心が死んでいくのと変わりない気がした。


 報われない恋はつらい。




 この日も日が暮れ出して部屋で鬱々とするしかなかった。すると、メイドが紅茶を運んできてくれた。


「ありがとう。テス伯母様はまだお戻りではないの?」

「ええ。まだお店の方にいらっしゃいます。今に馬車でお迎えに上がるところですが」


 テスは隙あらば服飾店の方へ出向いている。仕事を持って帰ることはあまりない。

 一人で気ままにやっていることだから、それほど顧客がいるわけではないのかもしれないが、当人は楽しそうだ。


「そうなの? 私もお迎えに行こうかしら」


 どうせ今日はもうランベールが来てくれる見込みはない。明日こそ来てくれると思いたいが、どうだろう。

 じっとしていると落ち込むので、気分を変えて外へ出るのもいい。ポーレットが迎えに行ったらテスは喜んでくれるだろうか。




 ポーレットはディルマン家の御者を捕まえて頼んだ。


「私もお店まで伯母様をお迎えに行くわ。乗せていって」

「お嬢様もですか? ええ、構いませんが」

「ありがとう」


 パトリスにちゃんと言伝てから馬車に乗り込む。それほど遠くはないのだからすぐに着くのだ。

 窓の外を眺めていると馬車が走り出す。街灯がチラホラと明るく灯り始めていた。


 ぼうっと流れる街並みを眺めていたけれど、目に入っているようで何も意識していなかった。それでも、愛しい人の姿というのはどんな時でも見つけられるらしい。


「あっ! 止めて!」


 思わず叫んでいた。御者が驚いて馬車を止める。


「どうされました、お嬢様っ?」


 御者が慌てて車体の扉を開く。ポーレットは御者の肩に手を置き、馬車から勝手に降りた。


「ごめんなさい、先にお店に行っていて? すぐ追いつくから」

「で、でも……」

「大丈夫、この辺りの道は知っているから」


 有無を言わさず、ポーレットは駆け出した。

 ランベールがいたのだ。初めて出会ったあの日のような、どちらかといえば砕けた服装で。

 あの時もこの辺りを通りかかったからポーレットを助けてくれたのだった。


 今日、来てくれなかったことを問い詰めたりしない。けれど、見かけた以上は追いかけなくてはならないような気がしてしまうのだ。

 スカートをたくし上げて息を弾ませながら追いかける。あの背中を見失わないように。

 いつでもこう、ポーレットが追いかけるばかりなのかもしれないと思うと少し悲しい。


 ――ただし、路地裏に入った途端、ポーレットは足が竦んでしまった。


「あ……」


 ここはポーレットが一度死んだ場所だった。

 あの石畳の溝に血が入り込んで筋になっていくのを見届けながら息を引き取った。

 すぐに生き返ることができたけれど、あの時の痛みや恐ろしさは覚えている。


 通り魔は、ポーレットがあの日ここに来なかったことで罪を犯さずに済んだはずだ。けれど、それならば今も平然と普通の暮らしをしている。狂気を隠しながら。

 日付が違っても、通り魔がここを通らないとは限らない。


 早くここから逃げないと。

 ポーレットは踵を返し、路地から表通りに戻った。仕事帰りの人々が行き交う。その間を縫うようにして移動していくと、不意に背中を押された。


 押されたというような可愛らしい表現は適切ではない。突き飛ばされた。

 目の前を二頭立ての馬車が通る――。


『――もうあなたを護る術はありません。次に同じことがあれば命は失われます。それだけは忘れませんように』


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