◇13
我ながら単純だと呆れてしまう。けれど、心は正直だ。
アレヴィ子爵家の庭園に、同じ年頃の男性たちと談笑するランベールがいた。
どうして会いに来てくれないのかと問い詰める気はなかった。顔を見たら嬉しくて、そんなことも忘れてしまった。
ランベールはポーレットとテスに気づくと、一瞬真顔になり、それを取り繕うようにまた仲間たちと笑い合う。ここでポーレットに構ってくれるつもりはないらしい。
がっかりではあるけれど、彼には彼のつき合いがある。それを理解しないで鬱陶しくしたら余計に嫌われてしまうだろう。ここはグッと我慢した。
「おや、珍しい方がおいでだ」
声がかかり、テスと一緒に振り返る。
「この前の夜会でお会いしたではありませんか」
テスはホホホ、と笑っている。この品の良い紳士がアレヴィ子爵だろう。そういえば夜会で挨拶したかもしれない。
「私は出不精ですが、近頃は姪のためにあちこち出歩くようにしておりますの」
「ああ、それはいい。美しい姪御さんですから皆喜びます」
ポーレットはペコリと頭を下げておいた。アレヴィ子爵は鷹揚にうなずく。
「では、どうぞお楽しみください」
「ありがとうございます」
ランベールはこちらを意識しないようにしているが、ランベール以外の男性はチラチラとポーレットを見ていた。今日もテスがコーディネイトしてくれた。リボンのついたボンネットが似合っているといいけれど。
この時、テスはポーレットの方を見ないで言った。
「ランベール様以外にも素敵な方がたくさんいらっしゃいますね。いっそ違う方に目を向けてみるのも見識が広がっていいかもしれませんよ」
見込みがないということだろうか。
ランベールは、気づけば男友達の輪から抜け出して美人の令嬢と席に着いて差し向かいで話していた。とても自然な笑顔を浮かべている。
ポーレットはしょんぼりとつぶやいた。
「……ぼんやりした方はいらっしゃいますか」
「えっ? ぼんやり?」
「ええ。ランベール様に、ぼんやりした方が私には合っていると言われました」
何故かここでテスにはプッと笑われた。ポーレットが冗談を真に受けていると思ったのだろうか。
「ぼんやりですか? あちらの方なんてどうでしょう? 大人しそうですよ」
不名誉な白羽の矢が立った〈ぼんやり〉氏。
女性相手に気後れして見えた。まだ若くて、特別不器量ということもないが、おどおどしている。そのせいか、新品のスーツもパッとしない。確かに大人しそうで、彼のような人ならポーレットも落ち着いて話せるかもしれない。
「少し、話してみます」
「ええ、私はお茶を頂いていますね」
ポーレットはやや緊張しながらその青年に声をかけた。
「こんにちは」
すると、彼はびっくりして顔を引きつらせていた。
「こ、こんにちは」
「私、こちらにはほとんど知り合いがいなくて。少し話し相手になって頂けますか?」
「え、ええ、僕でよろしければ……」
男性にしては高めの声が返る。
彼はドニスという名で、アレヴィ子爵の親戚筋のようだった。
二人で庭園を歩く。それほど広いわけではないから、パーティーの様子は見えた。
ただ、離れて眺めると別世界での出来事のようで、ポーレットは自分が場違いに思えた。
「僕はどうも華やかな場には馴染めなくて」
ドニスはそんなことを言って頭を掻いていた。その気持ちはよくわかる。むしろ同じと言っていい。
「私も得意ではありません。あまり場数も踏んでいませんし」
「あなたみたいな方が意外ですね」
「そうですか? こうして初対面の方と話すも苦手で、失礼があったらごめんなさい」
「僕の方こそ気が利かないことしか言えないので、退屈させてしまうと思います」
とても不思議な感覚だった。
ドニスとは初対面なのに、話す時になんの気負いもない。なんて楽に言葉が出てくるのだろう。
ランベールと話す時は常に緊張の連続だった。
――これが相性というものだとしたら。
ランベールが言うように、ポーレットにはぼんやりした男性が合っているのだ。
それでも、ランベールのことを想うと胸が痛い。その痛みは消えない。
向こうにいるランベールを見遣ると、先ほどと違う令嬢と親しげに話していた。距離が近い。
誰も彼の特別にはなれない。
今日はそれを再確認するために来たようなものなのだろうか。
切ない。
今ここでうつむいたり、ため息をついたりしてはドニスに失礼だから耐えた。
庭の花を褒めたり、天気の話をしたり、本当に他愛のない会話を続けていた。そうしたら、近くで低く唸るような声がした。
ガサッと茂みを割って出てきたのは、逞しく影のように黒い犬だった。
剥き出しの牙と歯茎の色だけがくっきりと見える。裂けた口からは涎をダラダラと流し、ポーレットたちの方ににじり寄る。