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◇12

 その翌日のこと。

 テスがああ言ってくれたからなのか、ランベールが屋敷へやってきた。軍服ではないが、最初に出会った日よりも少し畏まった三つ揃い(スリーピース)だった。


 さっそく会えて嬉しくて尻尾を振る子犬ほどわかりやすい顔をしてしまっている自分に気づく。

 駆け引きはどこへ行ったのだ、と。

 いや、しかし、まだなんの対策も練っていない。まさかこんなにもすぐに会うことになるとは思わなかったのだ。


 庭にティーセットを広げ、メイドたちが支度をしてくれる。テスは挨拶だけすると引っ込んでしまった。二人きりにしてくれたのだが、ある意味自力でなんとかしなさいと言われているにも等しい。


 紅茶を飲みつつ、向かいの席に座るランベールから視線を外す。テーブルの中央にある三段のケーキスタンドの陰に隠れたい気分だった。


「今日はなんだ?」


 ランベールがポツリと言った。


「な、なんだとはなんでしょう?」

「急に小難しい顔して、何を考えてる?」


 ランベールは、ケーキスタンドの向こうから鋭い目で見ていた。ギクリとして目を逸らす。


「い、いえ、特に何も」

「へぇ」


 素っ気なく言われた。沈黙が続く。


 駆け引き。駆け引き。

 ポーレットの頭の中をその単語がぐるぐると回っていた。


 押し黙って考え込んでいると、紅茶を飲み干したランベールが立ち上がった。


「じゃあ、ついでに顔を出しただけだから帰るな。ご馳走さん」


 ポーレットは思わず、えっ、と声を上げて立ち上がっていた。はしたないかもしれない。

 それなのに、ランベールは急にククッと声を立てて笑った。


「また、この世の終わりみたいな顔だ」

「だ、だって、せっかく来てくださったのに、もう帰るなんて……」

「俺に用がなさそうだから」

「あります! でも、駆け引きが上手くできないからどうしたらいいかなって」

「駆け引きとか、本人に言ったら意味なくないか?」


 さらに笑われてしまい、ポーレットはしょんぼりとうつむいて座り込んだ。

 やはり、自分は恋愛には向いていないのだ。ちっとも上手くいかない。

 けれど、ランベールはまた座り直した。


「あんたは素直すぎるから、俺もあんたのことは扱いあぐねてる。お互い様だ」


 それはポーレットのことが苦手だという意味だったら泣きたい。

 素直だと言われたのにひねくれて受け取りたくなった。


「どうしたら傷つけずに他へ行ってもらえるか、考えてる」

「その発言に傷つきましたけど」

「それは悪かった」


 ちっとも悪いと思っていないような笑顔で返された。


「それでも、今日、来てくださって嬉しいと言ったらご迷惑ですか?」


 駆け引きは難しい。今、ポーレットが紡げる言葉は心のままに溢れるものばかりだ。

 ランベールは少し間を置いて微苦笑すると首を軽く傾けた。


「いや」

「どうして今日、来てくださったのですか?」

「教えない」

「ええっ」


 完全に遊ばれているような気がした。

 さっきまでケーキスタンドの陰に隠れたいと思っていたのに、今はケーキスタンドが邪魔に思えた。

 ポーレットはスッと息を吸い、そして吐き出す。ドキドキと騒いでいる心臓を宥めながら口を開いた。


「明日も来てくださいとお願いしてもいいですか?」

「明日は何があるんだ?」

「今日よりは上手く駆け引きができるかと思います」

「どう考えても無理だな」


 また笑われてしまった。

 ふわふわと波に乗って漂っているような人だ。(いかり)を下ろすのが心底嫌だとばかりに。


「まあ、考えておく」

「待ってます」


 とても不毛なやり取りなのに、それでも来てくれただけで浮かれている。

 気を持たせて遊んでいるのだろうか。

 遊ぶには向かないと言ったくせに。



     ◇



 考えておくと言われただけで、それは約束ではない。

 だから、ランベールが来なかったとしても、それは責めるところではないのかもしれない。


 待ち人来たらず。

 毎日会いたいだなんて、恋人気取りで気持ち悪いと思われたのだろうか。


 目に見えて萎んでいるポーレットを見かね、テスが何通かの手紙を持ってきた。


「全部あなた宛てです。これでも読んでみたらいかがですか?」

「はぁ……」


 気乗りしないながらにも手紙の封を切る。

 どれもびっくりするくらい内容が似通っていた。


 夜会であなたの歌声を聴き、虜になった。寝ても覚めてもあなたのことを考えている。

 後は容姿を薔薇や宝石に見立てて褒めてくれた。


 ――褒められているのに、ちっとも嬉しくない。

 それどころか、徐々に心が冷えていく。


 ランベールもきっとそうなのだ。興味のない相手からの好意は嬉しくない。

 この手紙と同じくらい、ポーレットもまた無意味な存在なのだと思えた。


「ごめんなさい」


 手紙に向かって謝り、ポーレットはすべて文庫の中に押し込んだ。多分二度と目を通すことはない。




 その翌日もランベールから音沙汰はなく、来てくれる気がしなかった。

 こちらから動いてみるのはどうだろう。余計に鬱陶しいだけだろうか。


 テスにはポーレットの考えが手に取るようにわかるらしい。


「明日はアレヴィ子爵のお屋敷でホームパーティーが開かれています。行ってみますか? アレヴィ子爵の御長男はランベール様とご学友ですから」

「い、行きます」

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