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◇10

 せっかくランベールとダンスを踊っても、自分一人が浮かれて舞い上がって馬鹿みたいだと思ったら悲しくなってきた。


 ポーレットは心の内がすべて顔に出るらしく、ランベールが急にしょんぼりとしたポーレットを気遣うように窺っている。けれど、曲が終わって別の男性がポーレットにダンスを申し込んだので、ランベールは何も言わずに離れた。


 それがまた悲しくて、ポーレットは踊りながら熱っぽく先ほどの歌を褒めたたえてくれた男性の話を身を入れて聞けなかった。他の令嬢と踊るランベールが目の端に入り、さらに気が滅入る。

 せっかく母が命を懸けてポーレットを助けてくれたのに、一体何をしているのだろうという気になった。


 そんな時、ダンスの合間に父が近づいてきた。かなり怒っている。


「お前、いつから声が出るようになっていた? どうして私に何も言わなかったんだ!」

「……声が出るようになったのは最近です」


「あの女がそう言えと言ったんだろうっ?」

 あの女というのはテスのことらしい。


「喋れもしない娘を養女になんて、おかしいと思ったんだ。あの女はお前を利用するつもりだ。養女の件はなしだ。うちに帰りなさい!」


 これが愛情からでないことくらいはわかる。ポーレットを利用したいのは父の方だ。

 向こうから射貫くような視線を浴びた。ヴァレリーだった。

 憎しみを込めてポーレットを見ている。惨めでなくなったポーレットのことが腹立たしいのだろうか。


「一度家を出た以上は他人だと仰ったのはお父様ですわ。私はもう、ミシリエ家には戻りません」


 はっきり意見を言うと、夜会の最中だというのに激昂した父が手を振り上げた。


「この――っ」


 その手をつかんで止めてくれたのは、ランベールだった。

 父も上背はあるが、軍人であるランベールには力で敵わない。


「まさか、この手を振り降ろしたりはされないと思いますが?」


 冷ややかな声で言われ、父も頭に上っていた血が下りたらしい。ランベールの手を振り払い、ヴァレリーの方へ歩いていった。それから二人してテスに向かって何か言い出した。ポーレットがそちらに駆け寄ろうと踏み出すと、ランベールに手を引かれた。


「マダムなら大丈夫だ。あの二人が敵う相手じゃないからな」


 魔女の血のことは知らないと思うけれど、そんなことを言われた。そして納得してしまう。


「こっちに避難するか」


 ランベールに連れられるままテラスに行った。熱気に火照った頬に夜風が気持ちいい。

 そこでランベールは小さくため息をついた。


「さっき、俺が気に障ることを言ったのなら悪かった」

「い、いえ。そんなことは何も……」

「そうか? それにしちゃ急に元気がなくなったから」


 露骨な態度を取ってしまって申し訳なかった。駄目だな、とポーレットはさらに落ち込みそうになった。

 けれど、それではいけない。ちゃんと言葉にしなければ。


「ちょっとはしゃぎすぎているような気がして、急に自己嫌悪に陥ってしまいました。気を遣わせてすみません」


 そうしたら、今度は声を立てて笑われてしまった。


「この世の終わりみたいだったぞ?」

「す、すみません」


 こんなふうに謝ってばかりいるためにランベールと会いたかったわけではないのに。


 ――次があると思ってはいけない。

 もう一度会いたいと願い、出かけていった先でポーレットは命を落としたのだ。

 この先、もう二度と会えないかもしれない。それなら、今、伝えなくてはならないことはなんだろうか。


 勇気を奮い立たせ、ポーレットはバルコニーの縁に手を添えていたランベールの袖をつかんだ。


「あの、私、あれからランベール様にまたお会いできるのを、とても楽しみにしていました!」


 これだけ言うのに、必死すぎたかもしれない。

 シーン、と辺りが静かに感じられた。頑張りが空回った気がしてならない。


 ランベールのため息の音が聞こえて、恐ろしくて顔が上げられなくなった。

 どうしよう、とその場で固まっていると、ポツリと声が返る。


「だから、あんた可愛すぎるんだって……」

「えっ」


 涙目で見上げると、ランベールの方が照れていた。


「そういう顔をして男を見るな。危なっかしいから」

「ええ?」


 また、ポン、と頭の上に手を置かれた。


「感謝は受け取ったから」


 やはり、なんとなくこの先に進むのを避けられているような気がした。


 別の誰かがいるから。テスに遠慮しているから。

 どんな理由があるのだろう。そこを飛び越えることはできるだろうか。


 せっかく生きているのに。目の前に好きな人がいるのに、簡単に諦めるのでは意味がない。

 ポーレットは思いきってランベールの手を握った。


「もちろん感謝はしています! それから、私は、あなたが好きです!」


 ――今日は自分でも頑張ったと思う。

 生れて初めて男の人に告白したのだから。


 ランベールは目を見開いたかと思うと、苦笑した。嫌になるほど冷静に。


「ああ、あんな出会い方だったからなぁ。でも、残念ながら俺はあんたが思い描くほど善良な人間じゃない」

「えっ?」

「品行方正な紳士があんな盛り場に通りかかると思うか?」


 急にポーレットの肩をつかんだかと思うと、唇が触れるほど顔を寄せる。

 それなのに、目が少しも笑っていなかった。


「女は後腐れないようなサバけたのがいい。あの時は、あんたの見た目がわりと好みだったから面倒を見ただけだ。大人びて見えるだけで、実際のところは必死すぎて、一生懸命で、遊ぶには向かないな」


 ポーレットはただ瞬きを繰り返すことしかできなかった。そんなポーレットを突き放すように、ランベールは言う。


「あんたも俺の外面しか見てないだろ。それで知ったような気になって判断するから危なっかしいって言うんだよ。そういうあんたには、もっとぼんやりした男の方が合ってる」


 助けてくれたから、優しい言葉をくれたから。だとしても、それだけでいい人だとは限らないと。

 理想を押しつけてくれるなと言いたいらしい。


 ――そうだろうか。誰からも相手にされなかったポーレットは、人一倍他人の態度に敏感だったはずだ。ポーレットにくれた言葉が上辺だけのものなら、こんなにも胸に沁みて忘れられなくなるはずがないのに。


「私はそれでも、ランベール様はよい方だと思います。またお会いしたいと思っていましたが、私はつきまとってご迷惑をおかけしたいわけではないので……鬱陶しくして、ごめんなさい」


 言葉が尻すぼみになった。

 ランベールの手を離れ、頭を下げてから遠ざかる。胸がギリギリと痛んだ。


 サバけた女がいいと言われたら、しつこく食い下がるほどの度胸がなかった。これ以上嫌われるのが怖くて逃げてしまった。

 物分かりのいい大人の女性を演じてみたが、滑稽なだけかもしれない。


 明るいホールへ戻るのではなく、暗い庭園へと急ぐ。

 誰にも見つけられないように、夜に溶け込みたいと願った。


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