ある日の買い物
唐突だが、今オレらは港まちに着ていた。
目的はカナイの買い物なのだが、土地守であるカナイが守仕であるオレも付き添いをすべきだとか言ってきて、結局行く気の無かったオレまで港まちに行く羽目になった。そこは土地守の代わりに森に残って仕事を肩代わりにするという話になるハズだが、そういう所がカナイには抜けているんだよな。
そして当然の様にアサガオも一緒に着ていた。そこは仕方ないと思うが、カナイの件はまだ納得していない。当の本人はそんな話、耳にもしないだろうけど。逃げるのがウマいキツネだ。
着いた直後、見えた光景を見てアサガオはえらくハシャいでいた。海を見ながら跳んだり手を振り回したりして、ちょっと危なっかしい。そりゃあ初めて海を見たワケだから、そうなるのも当然か。
しかし、海を『おおきいいけ』と言っていたので、直ぐ横から海だと訂正した。直ぐにアサガオも海とまたハシャぎ出した。何故いちいち叫ぶのか、そこは分からない。
「しかし、知ってはいたが…臭いな。」
「そりゃ港なんだから当り前さ。」
この港まちはカナイの森から関所を抜け、更に東へと進んだ先にあり、漁業だけでなく北大陸へと往来する船も出ている。その為ヒトの行き来も激しく、とにかくヒトが多い、という印象を受けた。
現在オレらは港の中の魚市場にいる。箱に詰められた魚が多種多様に直接床に置かれ、それらを仲買人らしき者達だ見ていき、値段を付けて買っていく。
「こんなの見て、よく『うまそう』とか言えるよな。」
妖精種は肉が食べられず、同等に魚も食べられない。水の中故に聞き取り辛いが一応魚の声も聞き取れ、言葉が通じる以上『森の仲間』として認識して口に出来ない。
故に今箱に詰められ、元から冷たいが、冷たくなった魚を見るのは正直ヒトの遺体を見るのと同じで居た堪れなくなる。
「お前ら妖精から見たらそうだろうが、皆が皆そうじゃないだろう。現に見ろ!アサガオだってあんなに楽しそうに見て回っているだろう!」
そう言いカナイが指したさきにはアサガオが沢山の魚を見て目を輝かせていた。いや、アサガオの場合は単純に魚の見た目を見て楽しんでいるだけだろう。
最近アサガオはむらの大人から家畜として扱われた動物がどうなるか、その行き先である『トサツ』を知って以来、肉を食べるのをイヤがり食事が一時期大変だった。しかし、ヒトは欲には勝てない生き物だ。数日経つとアサガオの肉食拒絶はなくなり、いつもの食事風景が戻った。おいしいには皆逆らえないものだ。
そうして魚が並んでいるのを眺めつつ、カナイはどれを買うかと物色していた。
「っつうか、魚食いてぇならまちの食堂行けば良いだろ。」
むらから関所を抜けた先にある大きなまち、そこはむらにより遥かに多くの店が並び、品揃えも充実している。もちろん料理の店だって多いワケではないが、結構色んな料理を出す店が数件あったハズ。
「あのなぁ、こういうのは直接自分の目で見て、触って、そして買うのが楽しいんだ。何よりも新鮮な魚を自分で選ぶというのが醍醐味だろう。」
「イヤ…ソレ、買ったってどうせ料理するのはオレだろう?」
「もちろん!だから今のうちに臭いに慣れておけよ。」
無茶を言いやがる。だからカナイが買い物に行くと言った時からイヤな予感がしたんだ。後々に絶対オレに一番負担が掛かると思っていたんだ。何とも無責任な上司だ。
そんなオレとカナイのやり取りの最中、アサガオはある箱に目を移す。近寄り、その中を見てアサガオは子どもながらに大きく声の通った悲鳴を上げた。
「アサ!?どうし…は。」
見た瞬間、オレは自分の体が固まるのを自覚した。
アサガオが悲鳴を上げたと思ったら、見た先でアサガオは楽しげに笑っていた。そして笑うだけでなく、何やら蠢く生き物らしいものから伸びる触手が顔に触るのを嬉しそうにして声を上げていた。
「おや、珍しいね。君、蛸が怖くないのかい?」
その蠢く生き物を捕らえた者だろうか。漁師らしい人物がその生き物を楽しげに触る様子を見て、そちらも楽しげに笑って見ていた。
「すまない。商品に勝手に触ってしまって。そちらはあなたの蛸、あなたが獲ったのですか?」
「あぁ!この辺りじゃあまり見かけないが、なかなか良いのが獲れたよ。」
カナイが漁師に話し掛け、互いに今回の漁に関しての話をし始めた。とは言うがカナイは漁に関しては素人なので、漁師の話を一方的に聞いて、漁師も楽しげに自慢話をしている状態だった。
そんな二人が話し込む中、アサガオは相変わらず蛸を相手に遊んでいた。どうやら感触をいたく気に入り、指で軽く突いては返ってくる感触に小さく悲鳴を上げたり笑ったりと、忙しく表情を変えていた。
「そうか、蛸かぁ。蛸は良いぞ、アサガオ!」
そんな楽しげなアサガオにカナイは話し掛け、そのカナイの問いかけにアサガオも興味を持ってカナイの方を見た。手は相変わらず蛸に向けられていたが。
「蛸というのは、言うなれば海の強者だ!」
何か言い出した。だがアサガオはより一層興味を持った様子だった。
「蛸は泳ぎこそ遅いが、それは速く泳ぐ必要が無いという事だ。蛸は保護色と言って体の色を変えて姿を消す事が出来る。
更に相手に墨を吐きかけて相手を驚かしたり目を眩ましたりする。
更に更に蛸の八本の足は一度しがみ付けばなかなか離さず、固く閉じた瓶のふたも取れる程力強く頭も良い!正に海の王者と言って差し支えない!」
最後のはかなり誇張して言っているが、詳細はカナイの言った通りで合っている。コツさえ掴めば蛸一匹なら簡単に捉える事が出来るが、もしも蛸が群れを成して襲ってきたら、かなり厄介な相手となるだろう。
カナイの話に夢中になったアサガオは、すっかり蛸にも夢中になり、箱の中の蛸により一層の愛着を見せた。そんな様子のアサガオを見てカナイも楽しげにしていた。
「随分と詳しいが、アンタも蛸に興味があったのか?」
「興味も何も、蛸は食用としても良い…って遠ーいなおい。」
カナイが俺のいる方へと振り向いて、初めてオレがカナイらから距離の離れた場所に立っている事に気付いた。
「なんでそんな所に立ってるんだよ。」
「…イヤだから。」
正直に白状すると、オレは蛸が苦手だ。
昔まだオレが土地守に仕える守仕という立場になる前の事、定住する事無くあちこちを歩き回っていたある日、偶然港へと足を踏み入れてここと同じような魚市場へと迷い込んだ。
そして、水揚げされたばかりであろう魚の中に、蛸もいた。最初はオレは何も知らずに蛸の入った箱を覗き込むと、突如蛸が飛び出してきてオレの顔面に入りついて来た。
もしヒトが通りかからなかったら、オレはそのまま蛸により窒息して人生を終えていた所だった。
「あぁ…うん、お前も大変だったんだなぁ。」
オレの経験をそのまま話すと、カナイは口元を手で押さえてオレに同情するような事を言ったが、隠した口が笑いで歪んでいる事をオレは気付いているし知っている。カナイとはそういうヤツだ。
ともかく、そういう経験からかオレは海の生物の中でも特に蛸や触手を持つ生き物が苦手になった。ヤツら程相手にすると厄介な相手はいない。
「んで?結局その蛸はどうするんだ?」
「うん?そりゃあ買うぞ。これは目的な訳だからな。」
どうやら蛸は既に購入する気でいるらしく、俺への返事をした後直ぐに蛸の値段を聞こうとアサガオが蛸と遊んでいる時に話し掛けてきた人物に話し掛けていた。
「あー…そりゃ構わないが、本当に良いのかい?」
何故かソイツはカナイが蛸を購入する事に賛同出来ない様な曖昧な事を言ってきた。カナイも気付き何か不都合でもあるのかと聞いたが、不都合があるのはオレらの方だと言われた。
「何に事です?」
「いや、この子がさ。」
「えっ…あっ。」
言われてアサガオを見ると、アサガオが今にも泣きだしそうに顔を歪めてカナイの方を見ていた。どうやらカナイが蛸に対して『食用』と口にしてから、聞いたアサガオの表情が変わったのだと言う。
蛸を食べるのか?と言いたげにアサガオはカナイをジッと見つめた。カナイは食べると言えず、唇を噛みしめて何かに耐える様な苦い表情をした。
アサガオの目には涙が溜まり、今にも決壊してしましそうな雰囲気が漏れ出ていた。カナイは小さく唸りながら何かを思考し、そして結論を口にした。
「…いや、止めておこう。」
結局蛸は買わずに別の魚を見つくろう事にした様だ。蛸を食べないと言う意味を感じ取ったアサガオは目に溜めていた涙もどこ行ったのやら、直ぐに表情が明るくしてカナイの後へと続いた。別れ際の蛸に手を振っていた。
カナイの様子は蛸を諦めてたが後ろ髪を引かれているのが目に見えており、明るくなったアサガオとは真逆の二人の様子をオレは後ろから観察する様に見守った。
結果として、魚をアサガオとカナイが食べる分を買ってその日の買い物は終わった。調理はもちろんオレがやらされた。魚を捌いたり、焼いたりするだけでも苦痛だった。
あの蛸を買うのをカナイは諦めたが、カナイが買わずとも他の誰かが買って誰かの胃袋に収まる事にはなる事だろう。それをアサガオは知らないだろうが、教える必要も無い。
いつか自分で知って、経験していくのをオレらは見守るだけだ。
ちなみに、アサガオの中で蛸が流行となり、蛸の絵を描いたりどこかの大人に頼んで蛸の玩具を作ってもらったりしていた。オレは暫くの間、アサガオが飽きるまで蛸の姿に怯える日々を過ごした。
後で聞いたウワサによると、偶々港に訪れたどこかの貴族の子どもが同じように蛸を見つけ、その蛸をいたく気に入り、そのまま蛸を生きたまま買い取り、自宅の中に態々水槽を用意してその中で蛸を愛玩用にしているとか。
似たような趣向のヤツってのは、どこにでもいるらしい。