ファイパの補習
西の土地、北側に位置する開けた土地にあるむらの郊外に然程大きくないが小さくも無い建物があった。そこはむらや近隣のまちの子どもに文字を教えたり、魔法を基礎を叩き込む訓練所でもあり、学校でもあった。
その学校の2階の一室、そこにはいくつも並ぶ机の一つに座る生徒と、机を迎え合う様にしてた立つオレ、妖精種の狩人族が一人いた。
「問一、なんでお前がこの部屋にいるでしょうか?」
オレは机に座る人間の生徒、ファイパに問いかけた。
「…先日の小試験の結果が悪かったから、補習するためです。」
ファイパは静かに、淡々と答えた。いつもなら元気が有り余っている生徒から出た声とは思えない程覇気が感じられなかった。
「問二、どうしてオレはここにいるでしょうか?」
「…他の先生が用事あっていそがしいから、手伝いのため…です。」
更に質問されて答えた生徒に、オレはファイパに向かい口を開いた。
「そう…つまり、お前のせいでオレは特に用事も無いのに呼び出されて、お前の事を押し付けられたんだ!これ以上手間取らせたら、お前の髪の毛を丁寧に一本ずつ抜いてやる。手作業で。」
「地味にいたいし!ていねいにハゲにされる!?」
こうして、半分強制的にシュロによるファイパの補修の時間が始まった。
「まず基本として、『魔法』とは何か?ファイパ、答えろ。」
教壇に立ち、質問をしたシュロに対してファイパは意気揚々に言い放った。
「すごいやつ!」
「…マジメに答えろ。」
ファイパの答えを聞いて、オレは持参した剣を鞘に納めたまま持って肩を剣で叩く。そのオレは様を見てファイパは顔を引き締めて、はいと答えた。最初から答えろ。
「えーっと、魔法は妖精種が初めの使い始めた『精霊』からの恩恵であり、魔法は最初は妖精しか使えないもの…だったっけ?」
「あぁ。正確に言えば魔法は精霊のみが顕現しえる『奇跡』の御業とされており、妖精は初めて実体を持った存在で魔法を授かった種族とされるんだ。
…んな大層な種族でもなんでもないけどな、実際。」
オレは思っていた事を吐き出し、ファイパはそんなオレに苦そうな表情をして見せた。
「同じ種族に対してめっちゃきびしいよね、シュロって。」
「同種族に対して里追い返された身になればイヤでも判る。」
オレの言葉を聞いて、ファイパは苦い表情をした。
話を戻すと、要は魔法を使えたのは実体を持たない精霊のみであり、妖精は後から精霊から魔法の力を授かったとされている。しかし、別の説では現実世界に魔法を顕現する為に妖精という魔法を使える唯一の種族が生み出されたという話もあったハズ。
どの説においても、妖精と精霊同一の存在であり、生き物かそうでないかくらいしか違いがないんだとか。
とにかく妖精にとって魔法の力は『奇跡』の力であり、使用するのも儀式や祭事でのみとされる。
「へぇ?魔法って便利だから毎日色々な事に使ってたって印象だったな。」
「そういう印象を受けるのは後期、妖精以外の種族が魔法を使う様になってからだな。初期の頃は魔法を使う事自体が貴重なものとされ、使えるだけで結構重宝されたって聞くな。」
「つまりわたしもそのころに生まれて、魔法を使っていたらみんなから敬われるたかもしれないって事!?」
「それは無いな。」
「即答された!?」
そんな魔法に対する印象が変化する切っ掛けとされるのが、魔法による兵器の転用だが、それ以前でも魔法に対して多くのヒトは魔法に対し世俗的な印象を受けていた。
「そういう印象に変わった切っ掛けとなったのが、『魔法の一族』の登場だな。」
「それは知ってる!妖精から最初に魔法をおそわったっていうヒトだっけ。」
ファイパの少し曖昧な答えの通り、『魔法の一族』は妖精種の里の外、特に人間である事が有力と思われる。資料が少ない為に種族の特定はされていないが、その人物、もしくは集団が妖精から魔法を授かり、そして妖精の里の外まで魔法を広める為の仲介役となった。
だが魔法を他種族、あらゆる場所へと広めた事で、他種族同士の争いや小競り合いを悪化させる切っ掛けにもなってしまった。
「『魔法の一族』にそういう意図が無かったにしろ、他種族の偉いヤツらが魔法を兵器に転用したせいで、戦争は悪化の一途を辿ったなんて妖精連中が言い出してな。
それが一因して里出身の妖精種共は他種族を更に信用をしなくなり、妖精の里はより閉鎖的となっちまった。」
「それもそうだよねぇ。せっかくおしえた魔法が悪い事に利用されたら、かなしいしいやだよねぇ。」
「オレからして見れば、魔法じゃなくたってヒトは争いを起こして、それを引き合いに出して妖精は外との交流を断っていたとおもうけどな。
魔法はあくまで偶々そういう原因に選ばれたってカンジだな。妖精にしろ、ヒトってのは何かあれば自分以外に責任を押しつけるんだからな。」
「またそういう事を言うー。」
ファイパは楽観的な方に考えていたが、妖精側はそんな単純な事で外を信用しない訳ではない。
古い時代から閉じた森の中で育った妖精というのは、魔法に対して執着的な信奉を向けている。元より他種族に魔法を伝える事に否定的であり、魔法の一族の件で外との交流を断つ切っ掛けになったと妖精側も考えていただろう。
「結果がどうあれ、経緯によって魔法は妖精だけでなく他種族にも特別かつ日常的な技術として広まった。最初は魔法も自然の力を借りるって体のものだったが、今現在じゃ日常生活で家事の道具と同じく日常使いされる様になった。」
「へぇ?妖精って魔法で物を動かしたりする事がなかったって事?」
「あぁ。そういう魔法を単純な『手段』や『道具』の様に使う事を里の妖精共は嫌っていたし、さっき言った祭事に使う位しか頭に無かったと思うぞ。
特に治癒魔法は里の中でも外どっちから見ても革新的とも言えたな。ただ生き物の命に係わる魔法は規則が厳しくてな、当時は治癒魔法も禁術指定されてたからな。」
へぇーとファイパは気の抜ける、いまいち真剣さが感じられない返事をした。
「きずを治すのも魔法使っちゃだめなんて、妖精も大変なんだね。」
「あくまで里の妖精だけがしてた苦労だし、外のオレらには関係無い事だがな。
そもそもその治癒魔法や他の家庭魔法も『魔法に一族』が研究の仮定で編み出したって話だが、元は何を研究していて出来たのかまでは誰も知らないらしい。」
「ふぅん…でも、その『目的』のおかげで色んな魔法が出来たっていうなら、『魔法の一族』ってすごいんだね。」
「…そうだな。だが、ここまでの功績を残しながら、一族そのものに関しての情報が全く残っていないってのは変な話だがな。」
こうして説明していると、自分でも『魔法の一族』は本当に不思議な存在だと思う。ある程度認知されているのに、肝心な所が誰も知らない謎多き存在。オレには関係無いハズのその名前に、オレはどこか惹かれていた。
◇
一通り魔法に関する歴史を教えて、今回の補習はお開きとなった。
「魔法の基礎知識はこんくらいか。後の事はちゃんと復習しろよ?」
「はーい。」
「…しろよ?」
「はいっ!よろこんではげみます!」
念を押して言っておいたからやる事はやるだろう。なんだかんだファイパは記憶力が良いし実戦の動きも良いから勉強すれば評価されるハズだ。
ってか補習するハメになったのだって、ファイパがしょっちゅう授業中に居眠りしているせいだし。
「魔法って、歴史を勉強するだけで妖精の名前がたくさん出てくるよね。妖精って聞くと魔法、魔法って聞くと妖精を連想するのも納得できるね。」
「補習して出て来る感想がソレかよ。」
相変わらず発想が可笑しい。これは次の小試験も不安だな。
…そうなればまたオレが借り出されるのか?あり得る話だ。頼むからもう他の教師が用事で居ないなんて事がないようあってほしい。
「なんでお前、実戦は動ける方なのに座学のなった途端、頭の働き悪くなるんだ?」
「えぇー…なんであろう。字見た瞬間、意識がなくなっててよくわかんない。」
「何お前、呪術文字書かれた本でも読んでんのか?」
活字を頻繁に読んでいる身としては、その拒絶反応を見せるヤツの気持ちが分からない。教科書という貴重な教材まで読める身だと言うのに、なんとも厄介で勿体無いヤツらだ。
「でもさ、ふしぎなんだよね。先生の授業はすぐねちゃうのに、シュロの授業はぜんぜんねむくならなかったし、最後まで眠らずに授業できたの。」
「普段から授業中寝てんのかお前。教師泣いてんじゃねぇか?」
コイツの告白はともかく、オレとの授業は眠らなかったと言うコイツは何を言いたいのか。
「シュロおしえるのうまかったから、もしかしたらシュロって先生になれるかもね!」
そこまで自分の教え方に関して深く考えなかったが、ファイパのこういう他人に対する評価は確かなものだ。そんなファイパがオレに対して教師になれると言った。正直イヤだと思った。
「お前の相手だって疲れるのに、これ以上相手する生徒の数増やしてたまるか。」
今回の授業もとい、ファイパの補習をするのだって不本意な事だった。そんな事をしょっちゅうやらされたら心労で保てない。
今回の補習だって今回きりにしてほしいくらいだ。…次なんて無いよね?
「…うん、シュロの授業だったらわたし最後までできそうだから、次もやってほしい!」
「却下。」
即答した。
今日のファイパの補習を終える事が出来たが、もし次また補習やる事になったら、またオレが借り出されるのだろうか?頼むからファイパの言葉が真実にならない事を祈る。
まぁ、なってしまったその時はファイパには責任を持ってオレに毛を抜かれれば良いか。
「やめて!?」
◇
「…そういえば、シュロも学校の授業受けてたんだよね?でもわたしと比べて実戦とかで魔法使ってるところあんま見ないなぁ。基本体動かしてばっかじゃない?」
「使う時は使うぞ。…ただ、基本を教わって次は応用を教わるってなった時に剣の師匠が来て
「魔法教わったか!?教わったな!よし、基本学んだんならもう十分だろう!だったら剣の修業をやるぞ!」っつってほぼ強制的に学校を中退させられて、後の魔法を我流で身に着けたせいかねぇ。」
「うわぁ。」