少年だった男の家族
俺には親と呼べるものが居ない。だが俺を育てた気でいる大人なら二人居た。
俺は物心ついた時からしっかりと喋り、文字の読み書きも早くに出来たから、大人達はこぞって俺の事を褒めちぎり、持ち上げた。
まだ幼かった俺にとっては、大人達に褒められて悪い気分にはならず、むしろ良い気分になり余計に勉学に励んだ。頑張れば頑張るほど大人達は俺を褒め、それによりやる気が増えてまた頑張る。その繰り返しの日々が続いた。
大人達が俺をよいしょをする事に最初の頃は何の疑問もい浮かばなかった。だがある日を境に俺は思い知る事と成った。
ある日の事、朝から俺は隊長を崩し寝込んでしまった。医者に診てもらい、薬も処方してもらい後は安静にすると言うことになったが、賢くともまだ幼かった俺には病気の治療云々に関しては良く知らなかったから、寝台で横になっている間、不安になっていた。
誰かに傍にいて欲しい。そんな気持ちがあり、俺は大人達に傍にいて欲しいと言って。
大丈夫よ。お医者さんも大丈夫だって言ってたし、あなたなら平気よ。
そう言い、俺を置いて用事があると家を出て行く姿を見て、俺は理解した。
大人達は俺の事を何一つ見てはいない事を。
大人達はオレの事を褒めていたのではない。俺の『能力』を見て喜んでいただけなのだ。だから俺が何を思っているのかという事は大人達には関係無く、専門家が良いと判断したから後はどうでも良い。そういう事らしい。
俺は大人達が今までオレをどういう目で見てきたのか、この一連の様子で理解してしまい、怱々に大人達に見切りをつけた。
だが、薬を飲んでいても安静にしていても病気が俺の体を蝕んている事には変わりない。寝台の中で俺は息苦しさで眠れず、ぼんやりした頭で自分はもしかしたらこのままシぬのではないかと思った。
誰も居ない、自分一人しかいない部屋の中で誰にも俺の気持ちを察せられず、話も聞いてくれる者もいないこの状況に俺は不安を募らせていたその時、部屋の扉が開いた。
扉からこちらに顔を覗かせて出て来たのは、小さい少女だった。そしてそれは俺の妹だった。
俺の妹は俺とは正反対に言葉を碌に話せず、文字の読み書きなど全く出来ない。これといった特技も持たない、悪く言えば『出来の悪い子ども』だった。
そんな出来の悪い妹を大人達はいつも怪訝な目を向けて、怒った様な呆れた様子で同じ言葉を並べていた。
兄には出来て、どうしてあなたには出来ないの?
全く…兄とは違ってお前は本当に駄目だな。
大人達にとって、妹は『失敗』だったらしい。だが、俺にとっては違った。
妹は病気で寝込んでいる俺の近くまで近寄ると、俺の枕元に何かを置いた。それは小さな花や木の実、そして丸いどこにでも落ちている小石だった。
俺は少し驚いた。妹はよく道端で花や小石を見つけ、気に入ったものがあれば肌身離さず持ち歩く癖があった。大人達はみっともないから捨てろとよく叱っていたが、それでも妹は手放そうとはしなかった。
それもあって妹は大人達に不出来の烙印を押され、俺はそんな妹に少し同情の目を向けていた。俺から見ても妹は不出来に見えたが、大人達と同じ言動をする気にはなれなかった。
そんな妹が、絶対に手放す事の無い花や小石を俺に渡してきた。もしや妹なりに俺の見舞いをしようとしたのだろうか。真意は分からないが、しかしその時、俺は初めての感情を抱いた。
もしも病気でなく、体を動かす事が出来ていたら、俺は妹を思い切り抱きしめていただろう。それ程の大きな感情を俺はもっていた事にも驚いた。
それから妹は、俺が眠るまでずっとオレの傍から離れずに居た。それにも俺は喜びを感じていたが、それが災いしたのだろう。今度は妹が病気に罹ってしまった。
大人達は俺の時と同様に妹の見舞いにも来ず、妹が寝ている部屋に近付こうともしなかった。それどころか俺が呼びに行くまで医者を呼ぼうともしなかった。
どうせただの風邪でしょう?そんなのにお金掛けてたらもったいない。
そんな大人達の言葉を聞いて、俺は大人達の声を聞くのも嫌になり、大人達の制止の声も聞かずに妹の傍に寄り添った。
大丈夫だ。きっと良くなる。
俺から見ても頼りにならなそうな表情や声を見て聞いて何を感じたのか、妹は汗ばんだ顔に無理やり笑顔を浮かべていた。
そして妹は、眠る様に息を引き取った。
元々妹はあまり体が強くなかったが、俺からうつったであろう病気は妹の命を奪うのに毒性は十分だったらしい。むしろ俺は運が良かったのだと思った。
妹が埋葬された墓の前、俺が俯いて墓を見つめている中、大人達は明るく話していた。
この子はしょうがないわよ。むしろあなたの事を守ったのだと思えば良いのよ。
本当に、こういう時役に立って、あの子は出来た子だったなぁ。
まるで手のひらを返す様に大人達は妹を褒めていたが、しかし俺にはとても褒めている様には聞こえなかった。大人達はまるで妹がシんで良かった様な言いぶりをしていた。
もう俺は大人達の顔さえも見る気が起きなかった。いや、もう同じ屋根の下にいるのも嫌になってきた。もう俺にはあの家に留まる理由は無くなった。
もう少し経って、どこかの商団か傭兵の集団について行く形であれど一人でむらを出られるようになれば、俺は早々に家を出てしまおうと決めた。
そう思っていた矢先、むらに川の土地守である男が訪れた。川辺にあるというむらからむらへと渡り、様子を見て回っているとの事だとか。
むらの住民達は土地守の来訪に戸惑っていたが、俺はむしろ好機と捉えていた。俺は早速土地守に直談判しに行った。
そんな俺に対し、土地守は思っていたよりも落ち着いた、と言うよりもあっけらかんとした態度で俺に対応した。それどころか俺の同行を許してくれた。
正直不安はあった。だが俺の話を聞くと少し考え込み、そして動向を了承してくれた。
俺が土地守と同行する話を大人達も聞いたのか、今まで以上に俺に対して賞賛を贈り浮かれた様子を見せていた。そんな大人達の姿を見る事も無く、俺は明日の旅立ちに備えて眠った。
そして見送る大人達を見る事無く俺はむらを出た。
土地守は俺に良いのか?と聞いてきた。確かに大人達は俺と血は繋がっていた。しかしそれだけだ。大人達はもう俺の中では他人であり、そして大人達の姓を名乗る事はこれから一生無い。あの墓の前で俺はそう決めた。
そんな俺に土地守はどこか諦めの様な笑みを浮かべていたが、それも無視して俺はただ前を見た。
「いってぁったい!」
舌足らずのか細い声が聞こえた気がして、俺は思わず振り返った。だがその先には誰も居なかった。
その誰も居ない空間を眺めて、俺は初めて涙を流した。
「アサガオはあの子と比べて随分と達者で、元気が良いな。でも口が足らなくて説明下手なのは似ているな。」
「誰の事を言っているんだ?」
「あぁシュロ、居たのか。」
「最初から居るわ!…結局誰なんだよ。」
「さぁてな。…正直むらに帰る気は無いが、墓参りしてやらないとな。」
そう言いながら、男の手には木の実や花、小石が握られていた。




