アサガオの災難
ある日の事、偶々魔法学校に用事があり、その用事も直ぐ済んで帰ろうと踵を返し部屋を出ようとした。すると後ろから着いて来ていたアサガオも一緒に部屋を出ようとオレの横をする抜けて一足先に部屋を出て廊下に立った。
オレはアサガオに前をちゃんと見ろと注意しようとしたその瞬間、丁度廊下を走ってきた男子生徒が背の低いアサガオに気付かずにそのまま衝突。
そしてその走って来た男子生徒が手に持っていたのは授業の一環で作ったとされる魔法薬で、ぶつかった拍子に手から薬野入った瓶を手放してしまい、宙へと放られた瓶はアサガオの頭上へと落ちて行った。
結果として、今アサガオが立っていた場所には、掌ほどの大きさのウサギがいた。
「…何を持っていた?」
男子が持っていたであろう薬が原因なのは明白だった。オレはアサガオの異変を直視した直後、魔法薬を持っていた男子に静かに問い詰めた。聞いただけなのに何故か男子はオレの顔を見て顔面蒼白となり、膝から崩れ落ちた。いや、質問しただけなんだが。
場所は移って校長室。事の説明の為に落ちずれたその場所で、オレは机の上に『ソレ』を乗せて、校長は非常に難しい表情をした。
「…成る程、つまりこのウサギが魔法薬で変身してしまったアサガオなのですね?」
校長が指差した先、まだ赤ん坊位の大きさのウサギとなったアサガオを指先であやしていた。
本来であればウサギと言えば雪の色と同化してしまう程の白い色か、小麦の色にも似た茶色などだが、校長の卓の上に大人しくしている毛玉の色は世にも珍しい淡い黄色い色をしたウサギだった。まぁ元がアサガオであるなら不思議ではないが。
仔ウサギもといアサガオは校長に頭を撫でられ、目を閉じまるで体が蕩けた様な状態となっていた。コイツ、自分が人間なのを忘れてないだろうな?
「今回は、うちの生徒が大変ご迷惑を掛けた。今至急で解毒剤を調合するから、それまで学校でアサガオを預かっておきますね。」
要はアサガオが学校の外に出ない様にするという事だ。
アサガオが魔法薬により掛かった魔法は幻覚魔法の一種だ。今アサガオの姿がウサギに見えるのは、『そう思うこんでいる』だけに過ぎない。
そんな状態で外に出てば、相手もアサガオ自身も何かしらの事故に遭いかねない。元よりアサガオは好奇心が旺盛で危なっかしい。見た目だけがウサギであっても、何をしでかすかと不安になる。
結果として、オレもアサガオと一緒に学校内に残る事にした。用事が終わった後は特にやる事も無いハズだし、また図書室で本でも読んでようと思った。
因みに薬を持ったいたと言う男子生徒は、元々薬を課題として提出するはずが落としてダメにしてしまい、更には無関係な人間に魔法を掛けてしまったという事で厳重注意と共に罰として調合の手伝いをさせられているとか。
「えーっ!これアサガオちゃんなの!?」
そうして図書室に来れば、喧しいヤツと出くわした。
突如として現れたファイパもこれといった用事も無いと言い、真偽は不明だがウサギになったアサガオに構おうと本を読む事も無く図書室の中にいた。うさぎのアサガオを両掌に乗せてアサガオを眺めていた。
図書室内だというのに、相変わらず賑やかなヤツだ。また後で司書のヤツに叱られてもオレは知らないぞ。
「うわぁ!うさぎになったアサガオちゃん、ちっちゃくてかわいい!」
ファイパがそう言った瞬間、うさぎのアサガオはファイパの手を思い切り噛んだ。アサガオに対して『小さい』は禁句だと言うのを忘れていたのか、噛まれた痛みにファイパは短く悲鳴を上げて、尚且つアサガオを落とさない様に痛みに耐えて悶絶していた。
ウサギって動物の中でも弱い立場である草食動物であるにも関わらず、それ故か噛む力が強い。実際オレも森のウサギに噛まれた事がある。めっちゃ痛かった。
「いたかったぁー…でもかわいい!」
めげないなぁ。
ともあれ、アサガオもそもそもファイパの事がキライではないから、直ぐに仲直りをして楽しそうにファイパと遊んでいた。オレから見ればファイパに一方的に体中を撫で回されて遊ばれている様に見えるが、アサガオは満更では無さそうだ。
アサガオとファイパが図書室で騒いでいたら案の定司書であるフクロウが文字通り飛んできて、ファイパの頭に掴み掛かってきた。これはかなりのご立腹だ。爪が食い込みファイパは悲鳴を上げながら何度も謝罪をしていた。
そんな騒ぎになったからか。ヒトが図書室に集まってきて、そしてアサガオの存在に気付き、何時の間にかウサギのアサガオの展覧会でも始まったかのような賑わいになった。
「きゃあっ!かわいー!」
「本当!森にいるのはなかなか触れないからねぇ。」
「そうそうっ、可愛いのにすーぐ逃げちゃってねぇ。」
生徒らは授業で使う薬草を目的にカナイの森に訪れる事はよくあり、その為生徒は森の中に棲む動物とも遭遇する事もある。
ウサギというのは警戒心が高く、近付こうものなら強靭な脚力を駆使して走り出して逃げる。ソレが本来のウサギの姿ではある。
オレが森に入るとその警戒心はどこへやら、餌やら遊び相手を求めてオレに集りに近寄って来るのウサギ共と会わせてやりたい。オレ以外に対してどんな反応をするかは知らないが。
そんな風に考えている間にまた図書室内が騒がしくなり、騒音の元である生徒らと、一番の原因であるアサガオとオレも他の生徒と同様に司書から図書室の外へと追い出された。納得いかん。
そんな感じで図書室を強制的に出されたが、丁度昼時だったのでついでなので食堂へと向かう事にした。アサガオも腹が減って来たのかオレにすり寄って何か音を立てていた。軽く空気が抜けるような音はウサギになったアサガオから出ているウサギの鳴き声なのだろう。確かこんな音だったハズ。
やる事も決まり、オレはアサガオを肩に乗せて食堂に続く廊下を歩いた。どの道中すり違った生徒のほとんどがオレの肩に乗せられたアサガオを見ていた。
中にはアサガオに触らせろと頼みに来るヤツもいた。早く飯食いたいから断ったけど。
そして食堂に着き注文をした。その間も卓の上に待機させていたアサガオに触ろうと生徒が集まっていた。
「あぁこの子か。本当に黄色いうさぎだぁ。」
「あははっアサガオちゃん、こんな時でも元気そう。」
アサガオがウサギになってしまった話は既に学校内で知れ渡っているらしく、何人かは事情を知りつつもアサガオに関わろうとしており、何とも平和なヤツらだと思った。
所でオレはいつもの野菜系の食事をとるとして、アサガオには何を食わせるかだ。見た目がウサギになっただけで中身は人間の体そのままだから普通に人間の食事を食わせても問題無いが、正直ウサギが肉を食う姿は見たくない。なのでアサガオにはリンゴを食わせる事にした。アサガオも元々は小食だから必要な分用意してもらった。
切り分けられたリンゴを皿に乗せてアサガオの前に出した。アサガオは躊躇なくリンゴに噛り付いた。その姿はまんまウサギの食事風景で周りのヤツら皆妙な空気を纏ってその食事風景を見守っていた。ファイパもその中に混じり、アサガオの直ぐ横でその食事風景を眺めていた。何しているんだ。
そんなこんなで食事も済ませ、校長室に戻って経過を聞きに行った。薬を調合している実験室に直接行こうかとも思ったが、アサガオにはあの部屋の臭いはキツイだろうから止めておいた。
「薬は後少しで完成するんだが、残りの工程で手間取っているらしくてね。悪いが手伝ってやくれないかい?」
校長に言われ、仕方なくオレも薬作りに参加する事にした。その間アサガオは別室に置いておくことにした。アサガオも腹がいっぱいに成った為か眠たそうに瞼を重そうにしていた。
1階の実験室から近い部屋に毛布と簡単な作りの囲いを用意し、その囲いの中に毛布とアサガオを入れておいた。
「ちょっとの間、その中で眠っていろ。直ぐに戻って来るから」
そう言いつけて、理解しているのだろうアサガオはまた空気の抜けるような小さな鳴き声を立てて眠りについた。オレはアサガオが眠ったのを見届けてから部屋を出て、薬の調合を手伝いに行った。
時間が経ち、漸く薬が完成した。幻覚の薬が長時間効果が続くといつしか幻覚として視ている姿を自分の本当の姿と誤認してしまうと聞いていた。特に子どもであれば副作用が気になる。だから出来たばかりの薬を持ってオレはアサガオが眠っている部屋へと駆け足で向かった。
部屋の前まで来て、いざ入ろうとした瞬間、部屋に中からアサガオの気配とは別の気配を察した。大きな音が鳴る事を気にせずに勢いよく扉を開けると、窓に足を掛けて外に出ようとする見知らぬヒトの後姿が見えた。更にその人物の懐にアサガオらしきウサギの体の一部が覗き見えていた。
「待てっ!」
「…チっ!」
オレの制止の声を聞かず、ソイツはアサガオを抱えたまま外へと跳んで出て行ってしまった。オレの後を着いて来ていた先生方も異変に気付きオレに続いて部屋へと入り、入れ違う様にしてオレは逃げたソイツの後を追う様に窓から跳んで出た。
「なんだなんだ!?一体どうし…アサガオちゃん!?」
先生もアサガオの姿が見えない事に気付いたが、何が起こったのかは理解出来ず混乱状態となっていた。オレは気にせずにアサガオを連れ去った人物の追跡をした。
「はぁ…はぁ…へへっ、黄色いうさぎなんて、珍しいもん見つけちまったぜ。」
一っ走りしたであろうその男は、元は密猟を目的に着ていた。そういった違法目的で西の大陸に踏み入れる者を珍しくなく、故に関所で捕まりそうになったのを仲間を囮にして逃げ延びたのが現状らしい。
そうして逃げ隠れながらどうしたものかと迷っていると目についたのはむらの郊外に建つ学校だった。目的が果たせないのであればせめて魔法に関した物品でもぬすみ出そうと考えた男は学校内に忍び込み、そうして見つけたのが魔法によって変化した事など知らない他では見ない毛色をしたウサギだった。
男にはその動物は最早金の種にしか見えず、丁度良く眠りこけているそのウサギをそのまま抱え込んで逃亡している、という事情などオレは知る事無く、オレは走る速度を落とさずに跳び上がって男に頭に向かって両足で蹴りを食らわした。
「あっ…ぐあぁ…てめぇ!…ヒィっ!」
頭を蹴り飛ばされ、痛みに悶える男はゆっくりと起き上がり蹴ったオレを睨みつけた。が、オレを見た瞬間に急に怯み出し、短い悲鳴を上げた後は何も言わなくなってしまった。
「…そのウサギ、返してもらうぞ。」
男に向かって言い放ったオレに対し、男は壊れたおもちゃにでもなったかの様に首を縦に何度も速く振り、真っ直ぐにうでを伸ばして手に抱え持ったアサガオをオレに返してきた。
オレはアサガオを男の手から取り返すと、後から来たであろう先生方やら話が伝わって来たであろうカナイによって男は拘束されて連れて行かれた。その後の男の処遇はオレは知らない。
ともかくアサガオを取り戻す事が出来たオレは大きな溜息を吐いた。するとオレの腕の中で今やっと起きたアサガオは、また空気の抜けるような小さな鳴き声を出してオレを見上げた。
「…ホントお前、災難続きだな。気にしてないだろうが。」
何があったのか全く分かっていないと言う、そんな感情なのかオレを見上げながら手で頭を掻き始めたその呑気な姿にオレはまた溜息が出た。
後日、薬でやっと元の姿に戻ったアサガオだったが、時折頭を両手で撫で回したりあちこち動き回って背を丸めてしゃがみ込む姿を見せた。その姿はまるきりウサギそのものに見えた。
そんな同居人の姿を見て、オレはアサガオの将来が不安に思えた。




