87 五十鈴さんの学校生活②
朝早く出て五十鈴さん一行が教室に着いたのは7:00くらい。
朝礼は8:30からなので、もちろん教室には誰も居ない。
華岡学園は部活動が盛んなこともあって朝早く登校する生徒はいるが、用のない一般生徒がこんなに早く登校することは稀だろう。
「それじゃあ掃除しますか」
西木野さんは荷物を机に置いて、掃除箱から箒を取り出した。
「頑張ろう……」
「私たちも真面目だよね~」
五十鈴さんと星野さんも掃除用具を手に取る。
五十鈴さんグループは誰もいない早朝の教室を掃除するのが日課になっている。もちろん学校で掃除の時間は設けられているのだが、ゴミというものは一晩経てば何処からかやって来る。
「このゴミたちはどこから来てるんだろうね」
「さぁ…そういえば鞄の中って謎の砂とか溜まらない?」
西木野さんと星野さんはゴミトークをしている。
掃除中の話題はいつも適当だ。
「……」
そして五十鈴さんは基本的に聞き専門だ。
声を出して話に参加はしないが、面白い話を聞かせれば楽しそうな反応を見せてくれる。そんなリアクションを取ってくれるので返事がなくても話し手は嬉しい気持ちになる。
「おはようございます」
「おはよう…」
掃除を始めて間もなく、園田くんと木蔭さんがやってきた。
これで朝の掃除メンバーは全員だ。
速川さんは朝から運動部に顔を出し、朝香さんは朝礼ギリギリにやって来る。城井くん、涼月くん、出雲さんもグループに含まれてはいるが基本は別行動だ。
「園田って私らと別行動したがるくせに、朝の掃除は逃げないな」
西木野さんはからかうような口調で話しかける。
「ええ…みんなで始めたことですから。それにこの時間は他の人の目もないので気が楽ですよ」
園田くんは登校中に五十鈴さんを見つけても、周囲の目を気にして話しかけられないでいた。なので朝の掃除は普段通りでいられる貴重な時間だ。
「……」
ただ五十鈴さんからすると園田くんの距離の取り方は複雑だったりする。
もっと西木野さんたちのように一緒に登校したいのに、どうして園田くんは自分と距離を取りたがるのか…五十鈴さんは相手の気持ちを考えるのが苦手だった。
※
朝礼が終わると通常の授業が始まる。
個性的な天才が集まるといっても、授業の様子は普通の学校と変わらない。特に五十鈴さんのクラスは真面目で授業中は静かだ。
五十鈴さんも人見知りはまだ完全に克服できたわけではないので、クラスメイトに囲まれる内はずっと口を閉ざしている。
午前の授業が終わり、お昼休憩。
「外も涼しくなってきたな~」
西木野さんは気持ちよさそうに伸びをする。
五十鈴さんたちはいつも中庭に移動してお昼休みを過ごしている。昼食は男女別々で、園田くんは涼月くんと城井くんの男組と一緒に教室で食べている。
「……」
自然な流れでそうなっているが、五十鈴さんはやはりモヤモヤしていた。
「園田くんは、この中に入って一緒に食事したらいけないのかな……?」
ということで五十鈴さんは女友達に悩みを打ち明けてみた。
「…」
「…」
「…」
「…」
西木野さん、星野さん、木蔭さん、朝香さんは返答に困った。
「別にいけないことはないんだけどねぇ」
星野さんは苦笑しながら西木野さんを見る。
「五十鈴さん…これは習性ってやつだよ。女子の中に男子が一人混ざってたら、不自然に見えるでしょ?」
「?」
西木野さんが説得してみても五十鈴さんはピンと来ていない。
「例えば…五十鈴さんが園田くんたち男子組に混ざるの、抵抗あるでしょ…?」
次に木蔭さんが食事を中断して説得を試みてみる。
「……?」
少し考えたがやはり五十鈴さんはピンと来なかった。
長い入院生活で対人能力が未熟なのもあるが、どうやら異性に対する意識が抜け落ちているようだ。
「五十鈴さんって私に似てそういうの気にしないんだね~」
朝香さんはサンドイッチを咀嚼しながら呑気にしている。
「とはいえ希みたいに男子との距離を考えないと、五十鈴さんもいつか勘違いされるよ」
二人を見て呆れた様子の西木野さん。
「まぁ五十鈴さんはまだ学生歴半年ちょっとだから、いろいろ経験していく内に私たちの言ってることが分かってくるよ」
「……なるほど」
西木野さんにそう言われ五十鈴さんは頷く。
経験不足は本人も自覚していることだ。きっと西木野さんたちの言っていることは正しくて、園田くんには深い理由があって距離を取っているのだと納得した。
こういった日常会話の中で学びを得ながら、五十鈴さんは少しずつ成長するのだった。