85 美術部の目標
体育祭が終わって三日後。
装飾はあっという間に撤去され、校内もグラウンドもいつもの風景に戻った。華岡は非現実な学校行事から、急にいつもの日常に戻されるから不思議な虚無感に包まれる。
「……」
五十鈴さんも体育祭が終わってから、静かにグラウンドを見つめてばかりだ。
放課後の芸術室。
ここで静かに体育祭の余韻に浸る一時が心地よく感じる。
「お二人共、体育祭では大活躍でしたね」
すると杉咲先生が仕事をしながら話し始めた。
「リレーで同着優勝、かっこよかったよ」
「ありがとうございます」
「……」
僕は満更でもない気持ちになり、それは五十鈴さんも同じだろう。
不本意で参加することになったリレーだけど、こうして赤組優勝に貢献できたんだから満足だ。でも…あんな心臓に悪い役回りはもう二度と御免だ。
「それにしてもオブジェクト合戦はすごかったですね」
会話の流れで僕は印象に残った競技を話題に出してみた。
オブジェクト合戦は迫力も凄かったけど、最後の競技だったから一番印象に残っている。
「私たちが作るなら、何がいいかな……」
五十鈴さんは楽しそうに呟く。
まだ参加を夢見ているのか…
「でも二人だけでやるのは大変ですよ。参加してる部活はすごい人数で集まってましたから」
「……やっぱりそうかな」
僕がそう言うと五十鈴さんは落ち込んでしまう。
「あら、人数なんて関係ないわよ」
すると杉咲先生があっさりとそう告げる。
「美術部は三年前にある一人の生徒が立ち上げて、それからたったの半年でオブジェクト合戦に参加して一位の作品を作ったのよ」
「す、すごいですね…」
とんでもない先輩もいたものだな…きっとその人は、美術の才能と実行力を兼ね備えた本物の天才なのだろう。
「それを最後に美術部はなくなってしまったけど、その子は多くの生徒に可能性を見せてくれたの」
杉咲先生はどこか寂し気に窓の外を眺める。
…どうやら楽しい思い出ばかりではなさそうだ。
「オブジェクト合戦を目標にするのもいいけど、もっと気軽に参加できるイベントがありますよ」
寂しそうな雰囲気を切り替え、杉咲先生は明るい調子で僕らを見る。
「イベントですか?」
「学園祭ですよ」
「…なるほど」
確かに学園祭の出し物なら多少はハードルが低いかも。
体育祭が終わったばかりだけど、しばらくすると学園祭の準備期間に入る。別に忘れていたわけではないけど美術部として参加することを想像してなかった。
「その気になれば今年から美術部として参加できますけど、どうします?」
杉咲先生は美術部部長の五十鈴さんの意思を確認する。
「……」
五十鈴さんは虚空を見つめながら数分悩んだ。
「……止めておきます」
そして答えを出した。
「私はまだ美術のことも学園祭のことも知らない……だからまずいろいろ体験して、自分のやりたいことを探すことから始めます……」
それは実に賢明な判断だ。
焦って一年の内に全てを完遂する必要はない。まだ未知のイベントである学園祭を体験して、それから美術部で何をしたいか見定めればいい。
「分かりました。いつでも相談を受け付けますよ」
杉咲先生は笑顔でそう返した。
「何をやるにしても、今は準備の期間ですね」
「うん……!」
僕と五十鈴さんは頷き合う。
美術部としての目標が決まったのはいいけど…僕はこの時、実現は不可能だと考えていた。
だってオブジェクト合戦であれだけのクオリティを見せられたら、平凡な人間なら誰しもが真似できないと思ってしまう。それに今の美術部は秘密の集まりみたいなものだし、人数とか技術とか足りないものが多すぎる。
でも目指すだけなら自由だ。
しばらく五十鈴さんのやりたいようにさせてあげよう。