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5 芸術室




 杉咲先生が管理する五階の倉庫。

 僕らはここを“芸術室”と呼ぶことにした。


 もちろんそんな名前の教室はどこの学校にも存在しない、僕と五十鈴さんで考えた隠語みたいなものだ。名前の由来は単純、この部屋には卒業生が残した芸術作品が大量に保管されているからだ。


 放課後の僅かな時間で僕と五十鈴さんは、杉咲先生に任された倉庫整理に取り掛かった。


 教室を借りることができたのは幸運だけど、こんな足の踏み場も腰を下ろす場もない部屋では話し合うどころではない。


「ふぅ…」


 しかし…片づけは一向に終わる気配がない。


 迂闊に物を引っ張り出そうとするとドミノみたいに物が倒れそうだ。ダンボールとかを開けると、用途不明の道具が次々と出てきて手が止まる。

 これは思った以上に手強いぞ。


「園田くん、缶コーヒーが出てきた……」


 五十鈴さんが缶の入ったダンボールを引っ張り出す。


「どれどれ………って、これとっくに賞味期限すぎてますよ」


 プルタブ式の缶ジュースって初めて見た。

 もしかして昭和のもの…?


「おお~……飲んだらダメ?」


「お腹壊しますから!」


「ふふ……」


 五十鈴さん、楽しそうだ。

 何が出てくるか分からない倉庫整理は宝探しみたいで、僕もちょっと楽しかったりする。


「よし、取りあえず座れるスペースは作れましたね」


 ひとまず最低限のスペースを作り、窓際に椅子と机を並べることが出来た。まだ部屋の八割以上が荷物の山だけど、それがバリケードみたいになっているから人目につかず活動するにはもってこいだ。


 ちょっと窮屈だけど、秘密基地みたいで居心地はいい。


「ここが……私の、お気に入りスポット」


 五十鈴さんはウキウキしながら席に着く。

 お気に入りスポット?


 …そういえば五十鈴さんのやりたいことノートに“学校でお気に入りスポットを作る”とか書いてあったっけ。まさか校内でこんな秘密基地みたいな場所が作れるとは思わなかった。


「この場所を確保できたことは、大きな収穫ですね」


 僕も席について、窓から見える夕日を見つめる。この芸術室は長い高校生活でお世話になりそうだ。


「でも……まだ問題は一つも解決してない……」


 すると五十鈴さんは神妙な面持ちで呟く。

 確かにこの場所を確保できたことは収穫だけど、五十鈴さんの抱えている問題は一つも解決していない。どうすれば五十鈴さんがクラスに馴染めるか…何かいい手段はないかな。


「園田くん……」


 そう考えていると、五十鈴さんは決心したような眼差しで僕を見る。


「私……また、西木野さんに話しかけてみる。せっかく話しかけてくれたのに……私がうやむやにしちゃったから……」


「おお、それは良い考えですね」


 最初の挨拶では失敗してしまったけど、別に仲が悪くなるようなやり取りをしてしまったわけではない。今度は五十鈴さんの方から日本語で挨拶できれば、西木野さんも心を開いてくれるはず。


「また明日から、がんばりましょうね」


「がんばる……!」


 五十鈴さんは拳を握って意気込んでいる。

 まるで人生の遅れを取り戻すかのように、五十鈴さんは今を全力で生きていた。こんな健気な子が報われないなんて結末、絶対に避けないと。





 ~♪


 一息入れていると、校内スピーカーから音楽が流れ始める。これは下校時間を知らせるチャイムだ。


「そろそろ帰りましょうか」


「うん……疲れた~」


 大きく伸びをする五十鈴さん。

 退院してまだ日が浅いから日常生活だけでも一苦労なのに、学校案内と教室整理はやりすぎたな。


「大丈夫ですか?」


「うん、元気……!」


 元気なのはいいことだけど、無理をさせすぎないよう気を配っておこう。


「今日はもう遅いですし一緒に帰りましょうか。五十鈴さんの家、僕と途中まで方向が同じなんですよ」


 今までは周囲の視線もあって自重してたけど、この時間帯なら一緒に帰っても目立たないだろう。


「そうだったの……?」


「五十鈴さんの家にプリントを届けた時に知ったんです」


「あ……」


 そう伝えると、五十鈴さんは俯いてしょんぼりしてしまった。


「園田くん……ごめんね」


「え?」


「園田くんも学校生活で忙しいのに……私なんかに時間を取らせて……」


 どうやら僕に対して後ろめたい気持ちがあるようだ。


「僕はやりたくて五十鈴さんに協力しています。そんな気にしなくても大丈夫ですよ」


「う、うん……ありがとう……」


 それでも五十鈴さんは申し訳なさそうだ。

 僕としてはこうして五十鈴さんと活動できることが何よりも幸福なことなんだけど………この気持ちをどう伝えればいいのか、今はまだわからない。

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