82 体育祭➂
次の競技は二人三脚だ。
出場するのは二組。
五十鈴さん出雲さんペアと、相沢さん音無さんペア。
「五十鈴さん、緊張せずにね」
「ふぁいと~」
「相沢さんと音無さんもがんばれ~」
西木野さんたちは待機場から移動して五十鈴さんの近くで応援をしている。
「任せといてよ!まさかあんなに練習するとは思わなかったからね」
「うん…たくさん練習したよね」
相沢さんと音無さんの表情は自信に満ち溢れていた。
二人は五十鈴さんと一緒に行動できることが嬉しくて仕方なかったみたいで、授業中は誰よりも練習に力を入れていた。
「出雲さんはもう大丈夫な感じ?」
そして相沢さんは唯一の不安要素である出雲さんの様子を確認する。
「問題ない…雑念は滝に流して捨ててきた」
出雲さんは淡々とした仕草で五十鈴さんの足を紐で結ぶ。
雑念はいいとして、練習量は足りてるのかな?
「……」
ふと五十鈴さんの方を見たら、すごく不安そうな表情をしている。
それも当然、これは五十鈴さんの人生で初めての大舞台だ。応援の声をかけてあげたいけど、周りが盛り上がってて声をかけられない。
「……」
あ、五十鈴さんと目が合った。
(五十鈴さん、ファイト)
僕は親指を立てて応援してみた。
「……!」
五十鈴さんの表情が少し和らいだ気がする。
「それでは位置に着いてください」
もうすぐスタートの合図が鳴る。
二人三脚は徒競走の一種だけど、多分もっとも体力を必要としない競技だと思う。二人で息を合わせて走り切るのは困難で、とてもじゃないけど全力疾走なんて出来ないからだ。
重要なのはペースを乱さず、二人で息を合わせることだ。
果たして五十鈴さんと出雲さんはどうだろう…
※
結果、五十鈴さんの圧勝だ。
他の選手もまったく遅いわけじゃないのに、五十鈴さんたちは二位との差をつけてゴールインした。
「やったね五十鈴さん!」
「速かった…!」
一位通過した五十鈴さんたちを、先にゴールした相沢さんと音無さんが迎える。
「ありがとう……」
五十鈴さんは嬉しそうだ。
クラスメイトともいい感じに距離を縮められている。西木野さんの言う通り、学校行事って絆を深めるにもってこいだな。
「…」
…出雲さんが満身創痍のように見えるけど、大丈夫かな?
「へい、園田くん」
二人三脚が終わると、背後から星野さんに声をかけられた。
「次は障害物競走だから一緒に行こう」
「そうですね」
星野さんも僕と同じ競技に出場する。
因みに障害物競走を選んだ理由は、バランス感覚にはそれなりに自信があったからだ。子供の頃から昴に付き合わされて公園の遊具で遊びまくったからね。
「そういえば星野さんの今日の運勢はどうでした?」
集合場所に向かう途中、適当に星野さんに話題を振ってみた。
「…実は最下位なんだ」
「そ、そうですか」
「ラッキーアイテムのクリップは持ってるけど、間違いなく不幸なことが起きるだろうなぁ」
星野さんは憂鬱そうに息を吐く。
占いなんて真に受けることないと普通の相手になら言えるんだけど、星野さんの運勢はかなりの確率で当たるから心配だ。
『それでは障害物競走に出場する選手は入場口に集まってください』
おっと、集合のアナウンスが流れた。
少し急いだ方がよさそうだ。
「…!」
それと同時に、星野さんは急に立ち止まった。
「星野さん?」
「園田くん…ちょっと来て」
星野さんは何も説明せず、人目のない校舎の隙間に行くよう促す。何やら青ざめた表情で自分の胸を押さえているけど。
「もしかして具合が悪いんですか?」
「違う…」
「じゃあどうしたんです?」
「………ブラのホックが壊れた」
「…」
事態が唐突すぎて言葉は出てこなかった。
「えっと…僕は男なので分かりませんが、そのまま走れないんですか?」
まずは状況を少しずつ整理しよう。
「無理無理!ノーブラで走るとか絶対に無理!」
星野さんは大袈裟に首を横に振る。
胸が小さければ傍目からでは気付かれないけど、その……星野さんはそこそこあるんだよね。障害物競走になんて出場したらバレてしまうだろう。
「でもね…幸いにもここにクリップがある」
そこで星野さんはラッキーアイテムのクリップを取り出す。
「なるほど、それで壊れたホックを固定すればいいんですね」
となると女子の協力が必要だ。
クリップの形状からして一人では付けられないし、僕は男だから手伝えない。
「でももうすぐ競技が始まるから、みんな定位置に戻ってます。今から待機場にいる女子を呼びに行ったら間に合いませんよ」
「ぬぅ…というか、この醜態を他の人に知られたくない」
追い詰められた状況に星野さんは唸る。
『赤組の方、入場口まで来てください』
まずい、呼び出しのアナウンスが流れてる。
こうなったら障害物競走は棄権するしか…
「…園田くん、お願いしていい?」
「はい?」
「クリップでブラをくっつけて」
そう言って星野さんは僕にクリップを渡してから、後ろを向いてうずくまる。
「本気ですか…?」
「背中ならまだ恥ずかしくないから…ぎりぎりで」
星野さんは腹をくくっているようだ。
もう時間はない…こうなったら僕も覚悟を決めよう。
「えっと…どのようにしましょう」
「…服を持ち上げていいよ」
「では…失礼します」
僕は星野さんの背後から体操服を手に取ってたくし上げる。女子特有の白くて綺麗な背中には、外れたブラの跡だけが残っている。
(五十鈴さんと一緒にいる時以上に緊張する…)
こんな作業さっさと済ませてしまおう。
壊れたブラの両端を抑えて、クリップでしっかり固定する。よし…これでしばらくは大丈夫なはず。
「ひゃっ!」
ブラから手を離すと、星野さんが声を上げる。
「変な声出さないでくださいよ…!」
「く、クリップが冷たかったの!」
障害物競走の前だというのに、なんで僕たちはこんな障害に立ち向かわないといけないんだ。
これが最下位の運勢がもたらす不運か…
※
その後、障害物競走は一位を取れた。
ただ…僕と星野さんは勝利を喜べる雰囲気ではなく、顔を合わせるだけで気まずくなってしまった。