81 体育祭②
「本日ここに第50回華岡高校体育祭を開催されることを喜ばしく思います」
「準備してきた各組と部活の皆さん、練習の成果を発揮できるよう頑張ってください。皆さんの輝かしい健闘を期待して体育祭開催の挨拶と致します」
※
学級委員長のありがたい演説で体育祭が始まる。
今回で丁度50回目になるんだな…だから何だってことはないけど、キリ番ってちょっと嬉しい気持ちになるよね。
「よし、学級委員の仕事は取りあえずここまでだな」
そう言って西木野さんは赤の鉢巻きを結ぶ。
今更だけど僕たちは赤組で、今は赤陣営の待機場に集まっている。
「残る仕事は体育祭が終わった後だけだから、私はここでのんびりしてるぞ」
「…気楽で羨ましいですよ」
僕はのんびりできる気分ではない。
部活に所属していない一般生徒ならみんなの競技を応援しながら、自分の番がきたら適度に頑張るだけでいい。でも…幼馴染組は最後のリレーが待っている。
表には出さないけどかなり緊張する。
「午前中は体力を温存しよう」
「それもそうだな…本番は午後だし」
「いい感じに力を抜くか~」
他の赤組のみんなも気楽そうにしていた。
僕もそっち側がよかったな…
「とはいえ委員長の前でだらしなくされるのもねぇ」
やる気のない赤組を見て西木野さんが何かを企んでいる。
「五十鈴さん、こっちきて」
「?」
五十鈴さんに何かを耳打ちする西木野さん。
その間、いよいよ最初の競技が始まるアナウンスが鳴る。
「よし、まずは俺たちの出番か」
「のんびりやるかぁ」
「前半は遊びだしな」
アナウンスを聞いて赤組の何人かが緩やかに動き出す。
「……」
その時、みんなの行く手に五十鈴さんが立ちふさがる。
何をするつもりだ…?
「……が、がんばって」
それだけぼそっと言って五十鈴さんは立ち去った。
おお…たったの一言だけど、面識の少ない人たちを応援するなんてすごいぞ五十鈴さん。顔は少し強張ってたけど全然威圧的になってない。
「…気を引き締めろ野郎ども!」
「あたぼーよ、目指すは完全勝利だ!」
「五十鈴さんに最高の勝利をプレゼントしよう!」
その一声は、赤組全員のやる気にスイッチを入れることになる。
※
赤組は全ての競技で一位を独占し圧勝している。今更になって気付いたんだけど、うちのクラスって体育会系が多かったんだ。
「おい…なんか赤組の様子がおかしくないか?」
「やる気あり過ぎだろ」
「何が奴らをそうさせてるんだ…」
敵側の組も不思議がっている。
これがいわゆる“鶴の一声”ってやつか…これまで五十鈴さんが無口だから気付かなかったけど、超絶美少女の権威は想像以上にすさまじかった。
「ナイス、五十鈴さん。今みたいな感じでみんなの闘志を高めに行こう」
「うん……」
西木野さんと五十鈴さんの企みは大成功だ。
これじゃあ向こうで待機している応援団も形無しだな。
「それじゃあ…私も行ってくる」
そうしている間も競技は進み、木蔭さんの出番がきた。
「木蔭ちゃん、頑張れ!」
「がんばれ~」
「がんばってください、木蔭さん」
僕らは手を振って見送る。
たしか木蔭さんの競技って借りもの競争だよな。
脚力を求められるから文系女子には厳しいけど、勝てるかどうかは借りてくる物の内容で決まるだろう。
パン!
お、開始のピストルが鳴った。
やっぱり木蔭さん出遅れてるな…先行した選手たちはもう中間の台に到着して、借りる物が書かれた紙を手に取っている。
………
紙を開いた人たちが動かなくなったぞ。
「あれ、みんな立ち尽くしてるよ」
隣で星野さんが僕と同じ感想を口に出す。
そんな難しいお題なのか?
すると紙を手にした選手たちがこちらにやって来る。
「誰かパンツ履いてない人いませんか!」
「この中に性別を偽ってる人います!?」
「カツラ被ってる人、秘密にするから手を上げてください!」
思った以上に無理難題だった。
「でもこれって会議で決めたお題なんだよなぁ」
西木野さんがぽつりと呟く。
「ええ…だからいるんでしょうね。ノーパンの人も、性別を偽ってる人も、カツラの人も」
華岡に集まる生徒は個性豊かだ。
ただ居たとしても出てこれないだろうな…
「…」
木蔭さんも遅れて台に到着したけど、紙を拾って立ち尽くしている。やっぱり無茶苦茶なことが書かれてるのかな。
かと思えば木蔭さんは迷わずこちらに近付いて来る。
「園田くん、いいかな…?」
「え、僕ですか?」
この平凡な僕がご指名?
取りあえず木蔭さんに手を引かれゴールテープを切った。
「それではお題を見せてください」
そして体育の先生がお題を確認しにくる。
『平凡な男子生徒』
「…」
先生は僕の方をチラッと見る。
「よし、合格だ」
…反論はしませんよ。
「木蔭さんだけやけに簡単なお題でしたね」
「ううん…本来なら難しいんだよ。この華岡学園に限っては…」
「…なるほど」
様々な天才が集まる華岡学園において、僕みたいな平凡生徒は確かに希少なのかもしれない。
まったく嬉しくない特別だけど。