75 友達を家に招待する➂ ㋨
五十鈴さんは病院生活のことを西木野さんと木蔭さんに打ち明けた。
内容は大まかなもので僕と出会った経緯や、やりたいことノートについては話していない。打ち明けたのは自分が半年前まで病院に隔離されていたことだけだ。
「だから学校生活は、今年で初めてなの……」
五十鈴さんは話せるだけを話し終えた。
こんなに長々と一人で喋るのは初めてだろうから、疲れた息を吐いている。
「なるほどね」
話を聞き終えた西木野さんは腕を組む。
「学校生活が覚束ないのも、極端にコミュ障なのも、美人なのに中学まで噂にもなってないことも、ずっと入院してたら全て腑に落ちるね」
西木野さんは疑うことなく五十鈴さんの言ったことを信じてくれた。
「それならそうと隠さず言ってくれたらいいのに」
「……」
そう指摘され、五十鈴さんは怒られた子供のように萎縮してしまう。
ここは僕も話に加わるべきだ。
「五十鈴さんは哀れみの目で見られたくないから、入院生活のことを秘密にしたかったんですよ」
「園田は当然のように全て知ってたんだ」
「ぼ、僕だけじゃないですよ。幼馴染組はみんな知ってます」
「ふーん…」
西木野さんは情報を整理しているのか黙りこくってしまう。
「…五十鈴さん、ごめんね」
ずっと無言で話を聞いていた木蔭さんが急に頭を下げてくる。
「何も知らないのに五十鈴さんのこと羨ましいなんて、無神経なこと言っちゃって…」
「う、ううん……隠し事をしてたのは私だから、悪いのは私……」
五十鈴さんは慌てて謝罪をする。
………
なんだかすっかり空気が冷めちゃったな。
ここで僕が気の利いたことでも言えればいいんだけど、平凡だからろくな言葉が思い浮かばないや。でも過去の話を掘り下げるのだけは避けたい。
「えっと…夏休みが終わったらテストもですが、体育祭の準備も始まりますよね」
こうなったら思い切って話題を変えてみよう。
「…そうだな、クラス委員長の私らは忙しくなるぞ」
西木野さんは話に乗ってくれた。
「五十鈴さんは運動会も経験したことないんだよな」
「う、うん……」
「だったら事前にいろいろ教えておかないとね。クラス委員は多忙だから、覚悟しといた方がいいぞ~」
西木野さんの言う通りクラス委員の仕事は山ほどある。
体育祭の準備期間になると委員会が頻繁に開かれ、クラス内で実行委員を決めたり、競技の種目を決めたりと大忙しになる。
「言っとくけど、退院したてだからって特別扱いはしないよ」
西木野さんはいつもの調子でそう言い切る。
「正直言っちゃうと友達になった頃は、五十鈴さんをずっと保護対象として見てたよ」
「……!?」
「だって登校初日からクラスメイトに誤解されて、踏んだり蹴ったりの幕開けだったでしょ。あれじゃあ誰だって同情するし」
「……」
西木野さんの言う通りだ。
高校生活が始まった時点で大失敗してる五十鈴さんだから、過去を知らなくたって西木野さんは世話を焼いていた。
「でもさ、もうとっくに特別扱いは止めてるから」
「え……」
「だって今の五十鈴さんは欠点なんてほとんどない一人前の高校生だもん。過去にいろいろあったとしても、これからも対等な友達として遠慮せず頼らせてもらうから」
そう言って得意げな表情を浮かべる西木野さん。
「そうだよね…今の五十鈴さんは私よりもしっかりしてるもの。それに大事なのは過去じゃなくて未来だよっ」
木蔭さんは珍しく堂々と発言している。
二人は五十鈴さんの辛かった過去に注目して哀れんだりせず、これからの学校生活のことを考えてくれている。
やっぱり僕の予想は外れてなかった。
「みんな……ありがとう」
五十鈴さんは深々と頭を下げた。
これで一安心かな。
「それよりさ、まだ隠してることあるだろ?」
「わかる…まだ二人だけの秘密とかありそう…」
いい感じに話がまとまったのに、西木野さんと木蔭さんは怪しむ視線を僕らに向けてくる。
「…」
「……」
僕と五十鈴さんは顔を見合わせる。
ノートについては…まだ話す気はなさそうだな。だったら僕の口から語れることは何もない。
「いや絶対にあるだろ!」
「気になる…!」
二人は僕らの反応を見てさらに詰め寄ってくる。
「それより勉強を続けましょうよ」
「うん……勉強勉強」
こんな感じで夏休み最後の集まりはのんびりと続いて、みんなで仲良く平和に終わった。
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