4 学校案内②
僕らは階段を登って高等部校舎の五階に到着した。
使われない階ということで人気はなく、放課後の沈みかけた夕日が怪しく廊下を照らしている。なんだか不気味な雰囲気だな…
「空き教室ばっかりだね……」
「一般棟ですからね」
空き教室の中には椅子や机が乱雑に積み上げられていた。他にも大量の段ボールに、何かのイベントで使われたであろう飾り付けのような物もちらほら見える。どうやら五階は物置として使われているみたいだ。
どの教室も鍵がかけられていて、入ることはできない。
「……!」
急に五十鈴さんがドタドタと廊下を走りだした。
なんだなんだ。
「はぁ……はぁ……」
でも体力がないからすぐ疲れる。
「どうしたんですか?」
「廊下走るの……やってみたかった……」
自由だな…五十鈴さん。
因みにだけど、この学校は廊下を走るの禁止だ。
「やりたいことノートには書いてなかったけど……憧れだった……」
「気持ちはちょっとわかりますよ」
五十鈴さんは基本属性が真面目だ。
真面目だからこそ、ちょっとやんちゃなこともしてみたいのだろう。やりたいことノートにも授業をサボりたいとか書いてあったし。
「ここ……他の人いない……快適……」
今までずっと大人しかった五十鈴さんが生き生きし始めた。
こんなに明るい五十鈴さんを見るのは入院中の時以来だ…それだけ周囲の視線が辛かったのだろう。ここでなら人知れず話し合うには丁度いいかも。
…いや駄目だな。
僕らみたいに興味本位で五階に上がって来る生徒がいるかもだし、廊下で二人っきりになっているところを見られたら確実に誤解される。この空き教室が開けばいいんだけど。
「あ……こっち、屋上に通じてる……」
廊下の端まで行くと、屋上に通じる扉があった。五十鈴さんは迷いなく屋上への扉に手をかける。
「……鍵がかかってる」
「そういえば危ないから屋上は立ち入り禁止って説明会で言ってました」
「むぅ……」
五十鈴さんは不服そうだ。
やりたいことノートに、屋上でしたかったことでもあったのかな?
ズサ…
その時、僕らの背後から力強い足音が聞こえた。
「!」
「……!」
五十鈴さんも気配を察して体を強張らせる。
ズサ…
誰だ…?
ここにきて無人の階というシチュエーションが恐怖を煽ってくる。いざという時は僕が五十鈴さんを守らなければ。
ズサ…
僕は恐る恐る振り返り、背後を確認した。
そこには謎の大男が立っていた。
いや、この男…見覚えがあるぞ。
確か………ブルータス!?
「…石膏像?」
美術のデッサンとかで使われる、ブルータスの像じゃないか。まさか石膏像が一人で歩いてたのか?
「だ、誰かいるの…?」
するとブルータスが女性の声で喋った。
いや、違う。ブルータスの背後に誰かいるんだ。
「えっと…杉崎先生?」
この人は全校集会で見た杉咲四季先生だ。確か大学の教師だったはずなのに、どうして高等部にいるんだ?
「て、手伝って~!」
どうやら杉咲先生がブルータス像を持ち運んでいたみたいだ。
すごく重そう。
「は、はい!」
「……!」
事情は飲み込めないけど、ひとまず手伝うことにした。
※
重たいブルータス像をなんとか教室の中まで運ぶことができた。
「手伝ってくれて助かりました~」
先生は像を運んで疲れた腕を撫でながら僕らにお礼を言う。
大学部の杉咲四季先生。
華奢で眼鏡をかけた、いかにも文系って感じの若々しい女性教師だ。
「あら…あなたはもしかして五十鈴さん?」
「……!」
「話に聞いた通り、きれ~い」
「……」
杉咲先生は陽気に接してくるが、五十鈴さんは緊張して表情を強張らせている。面識のない先生と話すのって妙に緊張するよね。
「そっちは………園田くんだっけ?」
「そ、そうです」
僕みたいな一般生徒も記憶している!?
良い先生だ…
「杉咲先生はここで何をしてたんですか?」
「使われなくなった教材を置きに来たの。この階は先生が利用する物置だから」
「やっぱり物置だったんですね」
「この空き教室は私専用の倉庫なのよ」
先生が教室の電気をつける。
室内には石膏像などの様々な置物、モデル人形やカルトンに…イーゼルだっけ?美術の授業で使われるような道具が大量に保管されていた。他にも大量の机や段ボールが連なり、ちょっとした迷路みたいになってる。
「先生の担当って美術でしたっけ?」
「ううん、私は二年前まで美術部の顧問でした。美術の授業で使われなくなった教材なんかを、部活動で使えると思ってここに集めていたの」
「なるほど、美術部ですか。それにしても物が多いですね」
「ここは昔から倉庫として利用されていました。この学校って歴史が長くてね、生徒が残した作品とか学校行事で使われていた道具とかが置かれているの。少し整理したいんだけど…捨てるのが勿体なくて、この教室にどんどん溜まっていっちゃうのよ」
先生は物を捨てられないタイプの人みたいだ。
「ところで、どうして二人はここに?」
「あ、えっと…五十鈴さんに校内の案内をしていました」
「あらそうなの。五階は先生の私物とかも保管されてるから、用のない生徒は立ち入り禁止ですよ」
やっぱり立ち入り禁止だったのか。
全校集会で説明してたかもしれないけど、五十鈴さんは登校初日から休んでいた。僕も縁のない五階の説明は適当に聞いてたから覚えてなかった。
「入ったらダメだった……?」
五十鈴さんは怒られると思ってビクビクしている。
「あれ?五十鈴さん、喋れるのね」
「あ……」
「日本語はほとんど話せないって聞いてたんだけど…」
「……」
五十鈴さんはすっかり萎縮してしまった。
それにしても…日本語が話せないという誤解は教師陣にまで広まっているのか。どうりで授業の時、五十鈴さんが指名されないわけだ。
「じ、実は…」
こうなったら五十鈴さんの事情を杉咲先生に打ち明けよう。日本語を話せないというのは誤解で、入院生活が長くて学校生活が不慣れなことも。
相手が先生なら構わないだろう。
………
……
…
「なるほどね、五十鈴さんの事情はわかったわ。本当にこの学校は毎年変わった子が来るわね~」
話し終えると、杉咲先生は納得したように頷く。
「私も出来るかぎり五十鈴さんの学校生活をサポートするから、困ったことがあったら何時でも相談してね」
「あ……はい……」
五十鈴さんにとって教師と接するのはこれが初めて。生徒を叱る立場にある先生に優しくされ戸惑っているのかな。
「落ち着ける場所が必要なら、この物置を使っていいですよ。カーテンも付いてるから廊下から中を見られる心配もないし」
「え、いいんですか?」
「五十鈴さんには気の休まる場所が必要でしょう」
これは思わぬ収穫だ。
一般生徒が立ち寄らない五階の教室、ここでなら他人の目を気にせず五十鈴さんと話し合える。
「ただ、使う時は私に一声かけてね。それとこの教室の整理整頓をお願いしようかしら。念のため大義名分を立てておかないとね」
「は、はい……!」
「この教室のスペアキー、五十鈴さんに預けておくわね。返す時はそうね…五十鈴さんの下駄箱に置いておいて。それじゃあ私、別件で用があるから失礼するね~」
そう言い残して杉咲先生はこの場から立ち去った。
「よかったですね、五十鈴さん。落ち着いて話し合える場所をゲットです」
「うん……二人だけの秘密基地……!」
「………」
冷静になって考えたけど…これって許されるのか?
放課後に誰も来ない教室で、超絶美少女の五十鈴さんと二人っきりで過ごすなんて。シチュエーションは病院の時と同じだけど、なんだか凄まじい背徳感を感じる…