74 友達を家に招待する②
どうして五十鈴さんはインターホンの音に気付かなかったのか…その理由は、半開きになっている扉の隙間から部屋を覗いたらすぐ分かった。
「……」
五十鈴さんは今日が約束の日だというのに、まだ部屋の模様替えをしていた。あれだけドタバタと音を立てていたらインターホンの音も聞こえなくなる。
「まさか模様替えに夢中とはな」
「気合が入ってるね…」
西木野さんと木蔭さんも不思議がっている。
掃除ならともかく模様替えをしてるんだから、五十鈴さんの張り切りようが窺える。
「終わるまで待つわけにもいかないですし、入りましょうよ」
僕は一歩引いた所からそう提案する。
「そうだな。ほら、行け園田」
「…なんで僕に先陣を切らせるんですか」
「その方がリアクションが期待できるだろ」
「嫌です」
「男を見せろよ~」
「男なら無断で女子の部屋に侵入したりしません」
「覗いてる時点で既にアウトだろ」
「誰の発案ですか!」
ああ言えばこう言う西木野さんに、つい声を荒立てて反論してしまった。
そしてそんな大声を出せば、五十鈴さんに気付かれるのは当然だ。
「……」
五十鈴さんは僕らを見て固まっている。
ドッキリを仕掛ける前にバレてしまったけど、五十鈴さんからしたらこれも十分ドッキリだ。
「五十鈴さん…お邪魔していいかな?」
そんな固まった空気の中、木蔭さんの小さな声が響く。
「ど……どうぞ……」
我に返った五十鈴さんは緊張しながらも手招きしてくれる。
「失礼します…」
木蔭さんの後に続いて、僕も部屋にお邪魔する。
部屋の広さは八畳くらいで、一人部屋にしてはかなり広々としていた。家具はベッド、テーブル、テレビ、洋服棚と最低限の物は揃ってる。
そんな部屋を彩っているのが、病院にもあった大量のくまのぬいぐるみたちだ。これがあるだけでかなり女の子らしくて賑やかになってる。
あのバランスボールがちょっと意外だけど…リハビリ用かな?
それと五十鈴さんの良い香りがする。
「あ、金魚だ…」
木蔭さんは部屋の隅にある水槽の元に駆け寄る。
あれは夏祭りで手に入れた戦利品だな。
「流石にお嬢様ってほどじゃないけど、すごくいい部屋だな」
西木野さんは部屋を見回して褒めてくれる。
「……」
僕らの反応を見て五十鈴さんは一安心の様子。
これなら半年前まで空き部屋だったなんて誰も思わないだろう。五十鈴さん…この日のために頑張ったんだろうな。
※
僕らは少しゆっくりしてから、勉強道具を取り出した。今回の目的はテスト対策だから遊んでいる場合じゃない。
「…一カ月以上も休んでると、勉強を忘れますね」
休み明けテストは夏休みの宿題の中から出されるんだけど、一カ月以上前にやったとこだからかなり忘れてる。
「ああ、正直言ってやばいな」
「私も忘れかけてる…」
西木野さんと木蔭さんも危機感を覚えていた。
これが宿題を早めに一掃させてしまったツケだ。
「その問題はこう解くんだよ……」
そんな中、五十鈴さんだけはきっちり勉強したことを覚えていた。
流石は学年一位の優等生だ。
「五十鈴さんはすごいよね…美人で勉強できて、行動力もあって…」
木陰さんは勉強を教えてもらいながら羨ましそうに呟く。
「生まれ変わったら五十鈴さんみたいになりたいよな~」
西木野さんまでそんなことを言っている。
「……?」
だけど五十鈴さんは不可解そうに首を傾げていた。
自分の人生のどこに羨むポイントがあるのか…なんて、そんなこと考えてるのかも。
「お茶ですよ~」
すると五十鈴さんのお母さんがお茶菓子を持ってきてくれた。
「あら、いい感じに模様替えできたじゃない」
部屋を見回してお母さんは感心している。
「蘭子も長い入院生活が続いて、この部屋が無駄になるんじゃないかって心配だったのよ。ちゃんと元気になって友達も呼べるようになったんだから嬉しい限りよ」
そしてそのままお喋りを続ける。
ずっと入院していた娘が部屋に友達を呼んでるのだから、上機嫌に話したくなる気持ちも分かる。
ただ…その話題が今出てくるとは思わなかった。
「入院…?」
「元気になった…?」
西木野さんと木蔭さんはすぐ違和感に気付く。
そう…二人はまだ五十鈴さんの過去を知らない。
長い入院生活で多くの青春を無駄にしてきたと知れば、誰だって五十鈴さんを同情する。でもそんな哀れみの感情なんて本人はこれっぽっちも望んでいない。
だからこそ今まで秘密にしてきたんだけど…
「それじゃあごゆっくり~」
話したいだけ話して五十鈴さんのお母さんは部屋を出て行った。
「…五十鈴さん、詳しく話してもらおうじゃない」
「……」
さっそく西木野さんに詰め寄られ、五十鈴さんはどうしたらいいのか分からず混乱している。
うーん…こうなったら仕方ない。
「五十鈴さん、もういいんじゃないですか?」
「園田くん……」
「きっと大丈夫ですよ。秘密を知られても、西木野さんたちの五十鈴さんを見る目は変わらないと思います」
「……」
僕がそう言うと、五十鈴さんは決心したように頷く。
「実は私……半年前まで、病院で暮らしてたの」