72 夏休みを振り返って
夏休みも残すところ数日となった。
「……」
本日の五十鈴さんに予定はない。
なので疲れ切った体をベッドに預けながら、夏休みの思い出を振り返っていた。
夏休み初日は勉強会から始まり、園田くんの家にお邪魔してゲーム大会。みんなでショッピングに行って、新しい服だけでなく新しい出会いもあった。
そこでプールに行く約束をしたので、急遽園田くんたちに泳ぎ方を教えてもらった。初めての大型プールは未知の連続でとても楽しかった。
更に諦めていた部活動、美術部を立ち上げることができた。初めての活動でレタリング検定を受けることになり、園田くんとお揃いの合格証を手に入れた。
夏休みの終盤を飾るイベントの夏祭りは、楽しいと美味しいの連続。クラスメイトのみんなと一緒に花火を見ることもできた。
「ふふ……」
思い出すだけでも笑みが溢れてしまう。
こんな濃密な夏休みを過ごせて、自分は幸せ者だと強く感じた。遊びに誘ってくれた友達には感謝してもしきれない。
「……」
だが五十鈴さんはふと、このままでいいのか不安に思った。
『五十鈴さんもステップアップして、積極的に友達を引っ張っていきましょう』
それは夏休みに入る前に杉咲先生に言われた言葉だ。
考えてみればまだ一度も友達を引っ張れていない。泳ぎの練習や部活動は自発的に提案したことだが、結果的に園田くんと杉咲先生に頼るだけだった。
このまま夏休みを終えていいのか、五十鈴さんは少しモヤモヤしていた。
にゃー♪
その時、スマホの通知音が鳴る。
中を確認するとにゃいんにメッセージが届いていた。
『夏休み明けのテスト対策で、また勉強会でもしない?』
それは西木野さんからの勉強会のお誘いだ。
『五十鈴さん、また学校の教室を借りれるかな?』
さらにそうメッセージが続いている。
五十鈴さんは慌てつつも慎重に返信文を入力した。
『もうすぐ夏休みが終わるから、杉咲先生も忙しくなるみたい。もう学校を開けられないって……』
『そっかーそりゃ残念。場所がないと集まれないし、勉強会は諦めるか』
「……」
その時、五十鈴さんはある案を思いついた。
しかしそれを行うには時間と準備が必要なので、ここですぐみんなを誘ってもいいのか不安だった。
「……!」
だがそんな不安な気持ちを振り払い自分を奮起させる。ここで勇気を振り絞らなければ、何時まで経っても前に進めない。
五十鈴さんは覚悟を決めて、メッセージを送った。
『その勉強会、私の家でやろう……』
※
そんなにゃいんのやり取りを自室で見ていた園田くん。
(まさかの返答だ…)
園田くんは五十鈴さんとは思えない大胆な返信に関心していた。
“友達を家に招待する。”
それはノートに書かれているやりたいことの一つだ。ただこのやりたいことに挑むのは、もっと先の話になるだろうと園田くんは想定していた。
だからこそ、五十鈴さんのこのお誘いは想定外だった。
(部活を立ち上げた時といい、本当に大胆になったな。行動力だけならもう僕以上だぞ)
園田くんはそう思いながら、にゃいんのやりとりを見守る。
にゃいんでは西木野さんが五十鈴さんの提案を即採用、流れるように参加人数とスケジュールの話を進めている。
(ただ…僕は行けないな)
せっかくの集まりだが、園田くんは参加するつもりはない。
女子の家に大勢の女子が集まるのだから、それは必然的に女子会となる。今までは外や自分の家で集まるからこそ耐えられたが、平凡な園田くんが男子禁制の聖域に足を踏み込めるはずがない。
すると五十鈴さんから新たなメッセージが送られる。
『園田くんも、よかったらきてね……』
「…」
園田くんは悩んだ末、メッセージにこう書いて返信する。
『お邪魔でなければ行きます』
平凡代表の園田くんも、五十鈴さんに引っ張られたら平凡ではいられない。