69 夏祭り➂
星野さんとくじ引きの屋台を楽しんだ後、次は木蔭さんのいる金魚すくいの出店に向かった。
「…」
木蔭さんは金魚を取る道具“ポイ”を片手に、一人で金魚と格闘している。
「木蔭ちゃん金魚ほしかったの?」
その背後から星野さんが声をかける。
「うん…生物を眺めるの好きだから」
「金魚すくいってやりたい気持ちはあるけど、飼うことを考えると気軽に遊べないんだよねぇ。捕ってリリースするのもなんだか癪だし」
星野さんの気持ちはよく分かる。
うちは両親が基本的に不在だから、生き物を飼う余裕なんてなかった。だから僕も妹も金魚すくいを見ると複雑な気持ちになってしまう。
「私は家に水槽とかたくさんあるんだ…」
会話をしながら木蔭さんは手際よく金魚をすくい取っていた。
上手だけど…やけに金魚が大人しいな。
「ここの金魚は大人しいですね」
「ううん…どの金魚も元気いっぱいだよ」
木蔭さんは周囲を見回す。
他の人は金魚の大暴れでいくつものポイを無駄にしている。なのに木蔭さんが狙う金魚は、まるで自分が狙われていることに気付いてないみたいだ。
「私の影の薄さは、金魚にすら気付かれないんだよ…」
「…」
なんて声をかけたらいいか分からないよ。
「……」
いつの間にか五十鈴さんも隣で金魚すくいに挑戦していた。
まずポイという初めて触る道具を確認しながら、木蔭さんがどのように金魚をすくっているのかしっかり観察している。
「……!」
五十鈴さんは苦戦しつつも大きめの金魚をゲットした。
「上手ですね五十鈴さん」
やっぱり五十鈴さんは器用だな。
これでさっきくじで引いた水槽で金魚を飼うことができるぞ。
「帰るのが楽しみですね」
「うん……!」
五十鈴さんは嬉しそうに手に入れた金魚を眺めるのだった。
※
「おーい」
金魚を手に入れたところで、道の端にいる西木野さんがこっちに向けて手を振っている。
「ここなら人通り少ないから休憩できるぞ」
西木野さんは焼きそばを食べている。
焼いたソースの香りが食欲をそそる…お腹空いたな。
「私たちも食べ物を買いに行こうか」
「……」
「うん…」
星野さんに連れられ五十鈴さんと木蔭さんは行ってしまった。
「それにしても…男は大変だな」
西木野さんは僕の両手を見てそう呟く。
右手にはゲーム機、左手には水槽。どっちもそんなに重くはないけど、そろそろ手が疲れてきた。
「それじゃあ食べられないね~」
すると一緒にいた朝香さんが手に持っているタコ焼きを一つ、僕に差し出してくる。
「はい、あ~ん」
「…え?」
「だって両手塞がってるから~」
そんなの荷物を下ろせば済む話なんだけど。でも拒否したらノリが悪いと思われるかもだし…ここは恥を忍んで頂こう。
…美味しいけど気まずいぞ。
「希はこういうこと平気でするから、男子共は勘違いするんだよな」
西木野さんはそのやりとりを見て呆れている。
「まぁ園田なら大丈夫だよな。五十鈴さんも似たようなことしてるから慣れてるだろ」
「…よく分かりますね」
西木野さんの言う通り、僕はあーんくらいで勘違いするほど純粋じゃない。それ以上のことを五十鈴さんから何度もされてるからね。
「でも西木野さんだって男子相手にぐいぐい行くじゃないですか」
「私はルックスがいまいちだから、男子共の対象にならないよ」
「そんなことないと思いますが…」
五十鈴さんの美貌は別次元だけど、西木野さんだって魅力的な女子だと思う。
「そんなお世辞を言っても私はチョロくないぞ」
西木野さんは鼻で笑いつつ焼きそばを差し出してきた。
「それより園田、焼きそばも食べるか?」
「いいんですか?」
「これ完食すると他のが食えなくなるから、貰ってくれると助かる」
「じゃあ貰います。後で半分お金払いますよ」
「お、気が利くなぁ」
そんな交渉をして西木野さんから半分の焼きそばを受け取った。これを食べたらイカ焼きでも買いに行こうかな。