3 学校案内①
五十鈴さんの初登校から、一週間が経つ。
「やっぱり一筋縄ではいかないですね…」
「うぅ……」
放課後、誰もいなくなった教室で五十鈴さんと作戦会議を開いた。
一週間経ったけど、未だに五十鈴さんは友達と呼べる関係を作れていない。友達作り以前に、まだ学校という環境に慣れていない。学校の設備や校則についてなら勤勉な五十鈴さんはほとんど心得ているけど、学生経験がないからどうしても適応するのに時間がかかる。
僕以外にも五十鈴さんをサポートしてくれる人がいればいいんだけど…
「それと五十鈴さん…言いにくいのですが」
「……?」
「五十鈴さん、周囲から日本語が話せないと誤解されてますよ」
「!?」
予想外の事実だったのだろう、五十鈴さんは驚く。
「ど、どうして……」
「だって五十鈴さん、学校に来てからまだノルウェー語でしか発言してないでしょう」
「………………あ」
あの挨拶を最後に、五十鈴さんは一度も言葉を発していない。それがクラスに馴染めない原因の一つになっている。
「だから誰も五十鈴さんに話しかけられないんです」
「でも私、ノルウェー語は簡単な挨拶しか知らない……」
「え、そうなんですか?」
「だって私、日本生まれの日本育ち……病院暮らしだもの。ノルウェー語はお父さんとの遊びでしか使わない……」
「じゃあなんでノルウェー語で挨拶を…?」
「……個性が出ると思って」
なるほど、ノルウェー系は良い個性と言った僕の助言を参考にしたわけか………本当にごめんなさい。
「緊張して自分から話しかけられないのは仕方ないのですが…そんなに硬くならないで、もっと表情を柔らかくしましょう」
「無理だよ……あんなに注目されるなんて思ってなかったもの……どこを向いても誰かしらと目が合う……」
「ですよね…」
クラスメイトが話しかけてこないもう一つの原因、それは五十鈴さんの緊張による人相の悪さにある。
入院中の五十鈴さんはころころと表情が変わり、会話なしでも意思や気持ちが伝わってくる豊かさがあった。
しかし衆人環視の前にさらされると表情のバリエーションは真顔のみ、見た目の高貴さも相まってどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。言葉が通じなくても挨拶くらいは出来るのに、クラスのみんなは怖がって誰も五十鈴さんと関わりたがらない。
こんな環境では、いつまで経っても五十鈴さんの緊張は解けない。
「こうなったら僕が誤解を解きます。五十鈴さんはちゃんと日本語を話せるし、病院生活が長くて学校生活が不慣れなことも」
今の状況は五十鈴さんにとって酷すぎる。日本語が通じないという誤解を生んだのは僕のせいだし、責任をもってクラスのみんなに事情を打ち明けよう。
「あ……う……」
そう提案すると、五十鈴さんの表情が暗くなる。
「やっぱり入院生活については秘密にしたいですか?」
「うん……初めての友達作りは、自分の力でやりたい。それに体が弱いからって同情されて友達になってくれても、自慢の友達って呼べない……」
「でも…本当に大丈夫ですか?」
「誤解だって……ちゃんと挨拶すれば解ける。私はまだ、全然がんばってない……」
自分に言い聞かせるように奮起する五十鈴さん。
まだ心は折れていないみたいだ。
「わかりました。じゃあ僕は可能な限り学校生活の方をサポートしますね」
「園田くん……ありがとう……」
五十鈴さんから感謝の気持ちが伝わってくる。こんな美少女から頼りにされるのは、男として誇らしい限りだけど…
初めての友達作りか。
僕ってまだ五十鈴さんの友達じゃないんだな。
………何を落ち込んでるんだ僕は。五十鈴さんが頑張っているんだから、細かいことを気にしている場合じゃない。
「そうだ。この放課後の時間を使って少し学校を案内しましょうか?風邪で休んでいたので、どこにどんな設備があるか知りませんよね」
「うん、行きたい……!」
※
今日は早く授業が終わったから、下校時刻までまだ時間がある。そんな残り時間を利用して五十鈴さんに学校案内をしてるんだけど…
「取りあえず最低限利用する施設はこんなところですね」
「広いね……!」
五十鈴さんが驚くのも無理はない。
この華岡学園はただ広いだけではなく、珍しい施設がいくつもある。
豊かな緑に囲まれた中庭。鶏などが飼育されている小屋。生徒からのリクエストで本を増やし続ける図書館。イベントなどで使われる多目的ホール。中等部、高等部、大学まで利用できる食堂、購買、コンビニ。大学の方に行けば牧場やゴルフ場まである。
とにかく歩けば次々と新しい発見がある学校だ。取りあえず移動授業で使われる教室や保健室などを案内したけど、学園中を回るとなると時間が足りないし五十鈴さんの体力も心配だ。
「もし迷ったら、校舎の玄関にあるこの案内図を見てください」
「学校に案内図なんてあるんだ……!」
病み上がりの五十鈴さんだから体力が心配だったけど、全然元気そうだな。初めての学校生活だから嬉しくて仕方がないのだろう。
………
こうして五十鈴さんと学校を回れるのはすごく楽しいし嬉しいんだけど…やっぱり、周囲の視線が気になるな。
美少女である五十鈴さんが視線を集めるのは当然。そんな五十鈴さんと一緒に行動していれば、僕に嫉妬の目が集まるのも当然だ。
「……」
五十鈴さんも学校案内でテンションは上がっているけど、一日中視線を浴びているから表情を崩せない。
これだけ広い学校なんだ。どこか人目に付かず、落ち着いて話し合える場所があるといいんだけど。
「園田くん……」
「どうかしました?」
「ここは……何があるの?」
案内図を見ていた五十鈴さんが指差すのは、高等部校舎の五階だ。
「えっと…高等部の最高学年は三年までなので、五階は使われていないはずです」
一般棟だから空き教室しかないと思うけど。
「行ってみたい……!」
「いいですけど、何もないかもですよ?」
「行く……!」
気力だけは有り余ってるな…五十鈴さん。