63 美術部①
プールに行ってから数日、夏休みも中盤に入った。
僕は予定のない日はクーラーの利いた部屋で、朝からずっとゲームをしている。五十鈴さんたちと遊ぶのはもちろん楽しいけど、こういう日も僕には必要だ。
次の予定に夏祭りがあるけど、それは一週間以上も先の話。
その日までのんびりしてよう…
ピピピ
ゲームの電源を入れようとしたらスマホが鳴った。
誰からだろう……五十鈴さんからの電話だ。
「はい、もしもし」
『園田くん……ちょっといい』
「なんでしょう」
『その、今日これから芸術室に行ってみない……?』
「学校の芸術室ですか?」
『うん……杉咲先生から連絡があって、また芸術室の物が増えたんだって……』
「またですか…」
杉咲先生の倉庫である高等部五階の芸術室。僕らはそこを避難場所として使わせてもらってるんだけど、最初はとにかく中に物が多くて足の踏み場もない環境だった。
やっと座ってお茶できるスペースが作れたのに…杉咲先生の捨てられない癖には困ったものだ。
『だから今日、整理しに行こう……』
「いいですよ」
今日も家でのんびりしようと思った矢先だったけど、五十鈴さんからのお誘いなら是非もない。
※
そんなこんなで学校の校門前まで来たけど。
「ファイトー!」
「オー!」
「オー!」
学校の敷地内から運動部の大きな掛け声が聞こえる。
早朝の暑い中、ご苦労様です。
こんな僕にも部活に対する憧れは多少あるけど、家庭の事情でずっとやれなかった。それに今は五十鈴さんたちとの付き合いを優先したいし、今後も部活に所属することはないと思う。
「……」
しばらく待っていると、制服姿の五十鈴さんが駆け足でやってきた。
「おはようございます、五十鈴さん」
「おはよう、園田くん……」
「それじゃあ行きますか、芸術室に」
「うん……!」
二人揃ったところで僕らは校門をくぐり、芸術室に向けて無駄に広い敷地を歩く。
「暑いですね~」
「うん……暑い」
「杉咲先生、次はどんな物を持ってきたんでしょうね」
「面白そうな物がないか、楽しみ……」
夏休みに五十鈴さんと学校に集まり、二人きりで他愛もない雑談をする………僕は幸せ者だ。
「あ、お二人さ~ん」
歩いていると杉咲先生に遭遇した。
大量のダンボールが積まれた荷台を押しているところを見ると、荷物を芸術室に運んでいる最中のようだ。
「おはようございます」
「おはようございます……」
取りあえず僕と五十鈴さんは挨拶をする。
「重そうですね、僕が運びますよ」
荷台にはかなりの荷物が積まれていてすごく重そう。
ここは男である僕が引き受けるべきだ。
「あら、ありがとう」
「私も手伝う……」
杉咲先生と五十鈴さんはいくつかのダンボールを持ち上げ荷台を軽くしてくれた。
「いや~助かりましたよ。美術部員がいてくれたら、その子たちにお願いするんだけど」
歩を進めながら先生はそんなことをぼやく。
「美術部員、いないんですか?」
「いろいろあって美術部は二年前になくなっちゃったのよ」
「そうだったんですか…」
なんだか妙な話だな。
天才が集まる華岡学園なんだから、芸術家の卵なんていくらでもいるだろうに。
「また美術部、作らないんですか……?」
すると五十鈴さんが珍しく先生に質問する。
「今のところやりたいって言う生徒がいないからね~」
美術部か…平凡な僕には縁遠い部活だ。
五十鈴さんも興味ないだろう。
「……やりたいです、美術部」
そんな僕の予想を裏切る発言をする五十鈴さん。
まさか…美術部を立ち上げたいってこと!?
「え?」
あまりに唐突だったから杉咲先生も面食らっている。
「無理ですか……?」
「えっと、無理ではないですよ。顧問の承認があれば一人からでも作れます」
部活ってそんなに簡単に立ち上げられるのか?
これも華岡学園ならではだな…
「芸術室の集まりを……部活に……!」
「ああ、なるほど」
杉咲先生は五十鈴さんの言いたいことが分かったらしい。
「芸術室の集まりを部活動の一環にするのね。それなら正式な課外活動として認められるから、人に知られても問題は起きないわ。それで私は美術部の顧問として二人を見守れる」
…なるほど、そう聞くと部活を立ち上げる利点はあるな。
「もちろん部活になっても、芸術室のことは公にしないからね」
「はい……!」
「じゃあこの荷物を運び終えたら、申請書を渡します」
「お願いします……」
二人だけでずんずん話を進めてるけど、本当に部を立ち上げるの?思いついてから実現するまでが早すぎるぞ!
でも………まあいいか。
「部活……」
隣に並ぶ五十鈴さんは嬉しそうだ。
「もしかして部活に入ることもノートに書かれてました?」
「ううん……私は普通の学校生活すらままならないから、部活は無理だって諦めてたの。でも、本当は憧れてた……!」
「…そうですよね。部活も青春の一つですから」
五十鈴さんの気持ちはよく分かる。
でもこの展開は予想外だ…やっぱり五十鈴さんと一緒にいると、何が起きるか分からないな。