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62 自転車の練習




 五十鈴さんの疲労は二日も休めば完全に回復していた。


 そして休んでいる間も、五十鈴さんは次にやることをノートから選んで決めている。暇の使い方と楽しさに気付いたとはいえ動けるなら行動に出たい。


「お母さん……」


 五十鈴さんはリビングに向かい、ソファーに座ってテレビを見ているお母さんに声をかけた。


「なぁに?」


「うちって自転車ある……?」


「自転車?どうして?」


「乗りたいから……」


 五十鈴さんは自転車に乗りたかった。

 ノートの中に“自転車に乗れるようになる。”と書かれているのも理由の一つだが、活動範囲を広めるためには足が必要だ。毎回園田くんに二人乗りをお願いするわけには行かない。


「実は蘭子のための自転車はもう用意してあるのよ」


「そうなの……?」


「退院が決まった日に合わせて、日常生活で必要な物は全て揃えたつもりだから」


 お母さんはテレビを消して立ち上がる。


「駐車場に保管してあるから、公園で練習してみましょう」





 こうして五十鈴さんはお母さんと共に近くの公園へ足を運んだ。


「……」


 そして五十鈴さんは新品の自転車を前にして喜びを噛みしめていた。


 自転車は一般的な物で、前かごと荷台が付いた水色フレームのシンプルなママチャリだ。


「それじゃあ練習してみようか」


 お母さんは少し遠くで五十鈴さんの姿を見守っている。


「……!」


 まず五十鈴さんは自転車に跨る。

 サドルはお母さんが調整してくれたのでピッタリだ。


「?」


 乗ったところで五十鈴さんの中に疑問が生まれた。

 どうやって進むのだろうと。


「……」


 まずペダルに足をかける。

 それから何をすればいいのか、賢い五十鈴さんはすぐ理解できた。


 縦に並んだ二つのタイヤに全体重を預け、バランスをとりながら足を回転させて前進。事故が起きないよう周囲に気を配ることも忘れてはいけない。


「……」


 想像以上の難易度に尻込みする五十鈴さん。


「まぁ最初はそうなるか。蘭子は三輪車も補助輪練習もしたことないものね」


 こうなることが分かっていたお母さんは、立ち尽くす五十鈴さんの元に向かい自転車の荷台を手で支えてくれた。


「私が支えてるから、取りあえず足を回してみな」


「う、うん……」





「それじゃあ手を放すよ」


 そう言ってお母さんは自転車の荷台から手を離した。


「……!」


 練習を始めて数分、五十鈴さんはもう自転車を乗りこなしていた。頭で考えると無理難題に思える自転車の操作だが、実際に乗ってみればどうということはなかった。


「流石は私の娘、覚えがはやーい」


 お母さんは拍手で五十鈴さんを褒めてくれる。


「……!」


 五十鈴さんは自転車を漕いで驚いていた。

 たったの一歩で走るよりも速いスピードで公園を駆け抜けるのはまさに爽快、障害物のない真っ直ぐな道を全力で走ってみたくなる。


 もう自転車はマスターしたも同然。

 これでノートにチェックを入れることができる。


「……」


 しかし五十鈴さんは考え直した。


 ちょっと公園の中を移動しただけで達成のチェックを入れてもいいのだろうかと。自転車で遠出をして無事に帰ってくる…そこまでしてようやく達成したと言えるのではないか。


「ちょっと遠くに行ってくる……」


 五十鈴さんは自転車を押して公園の外に出ようとする。


「待ちなさい」


 するとお母さんが自転車を掴み静止させた。


「一人で遠くに行くのはダメ。行くなら友達と…園田くんと一緒に行きなさい」


「……」


「それにまだ退院したばかりなんだから、真夏日に遠くへ行くのも止めておきなさい。出先で熱中症になったら大変だから」


 お母さんの心配はもっともだった。

 退院して半年の五十鈴さんはまだまだ虚弱。直射日光が差す真夏の中、一人で遠くに行こうとする娘を見送れるはずがない。


「わかった……」


 五十鈴さんはすんなりと受け入れる。


 冷静になって考えれば、無計画で自転車を走らせても楽しい思い出は作れない。もっと計画的にサイクリングの予定を立てるべきだ。


「じゃあ……もうちょっと練習してる」


 いつか訪れるサイクリングの日に備え、五十鈴さんは自転車の練習を続けた。

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