60 みんなでプール➄ ㋨
湖島園を堪能した僕らは午後三時にプールを出て、休憩所に集まって一休みしてから帰ることにした。
「ふぅ…ひっさしぶりに全力で遊んだな~」
西木野さんは疲れ切った声で呟く。
プールの中では元気いっぱいだった遊ぶ組も、遊び疲れてへとへとの様子だ。
「僕は体力どころか気力まで削がれましたよ…誰かさんのせいで」
僕はウォータースライダーで起きた事件の犯人である西木野さんを見る。
「そんなにやばかったの?」
「散々な目に遭いました…」
「悪かったって」
西木野さんは反省しているけど、あの後は幸いにも最悪の事態にはならなかった。
「出雲さんはどうだった?初めてのウォータースライダー」
「…よく覚えていない」
後ろで星野さんと出雲さんが話しているけど、僕に抱きついた記憶は出雲さんの中に残っていない。本当によかった…もし覚えていたら気まずいことになっていた。
滑る直前に出雲さんと大事な話をしていたような気がするけど、僕もあの体験をしたせいでよく覚えてないや。
…あの柔らかい感触と、五十鈴さんの笑顔だけは忘れられないけど。
「……」
五十鈴さんは満ち足りた表情で窓からプール場を覗いている。無事四つのウォータースライダーを遊べたし、これならきっとノートにチェックを入れてくれるはず。
「それで次の予定なんだけどさ…」
みんながプールの余韻に浸っているところで西木野さんが立ち上がる。
「再来週の火曜日、華宮駅で夏祭りが始まるから行こう」
…もう次の遊ぶ予定か。
プールの次は夏祭りって、なんて充実した夏休みなんだ。
「夏祭り……」
そのワードに五十鈴さんの目が輝く。
夏祭りもノートに書かれているやりたいことの一つだから当然だ。
「じゃあその日に集まろう!」
「再来週の火曜ね、わかった」
「待ち合わせ場所は~…」
プールの疲れを残したまま、みんなで集まって次の予定を立て始めた。
「ちょっと飲み物を買ってきますね」
僕が話に加わらなくても大丈夫そうだから、喉も乾いたことだし水でも買いに行こう。
※
自販機で水を買っていると、見覚えのある人と出くわす。
「あ、池永くんと野田さん」
プールで会ったクラスメイトの二人だ。
「園田くんか…」
「お疲れなのだ…」
二人してなんか意気消沈しているように見える。
落ち込んでる理由は聞くまでもないか。
「五十鈴さんとは話せなかったみたいですね」
「ああ…五十鈴さんの水着姿に圧倒されてしまった」
「あんな触れてはいけない芸術品、近づける訳ないのだ」
池永くんと野田さんはクラスでグループを作るのが上手な人なのに、五十鈴さんを前にするとコミュ症みたいになってしまう。この調子だと夏休み中に五十鈴さんとの距離を縮めるのは難しそうだ。
……少し手を貸そうかな。
「これは世間話なのですが」
僕は独り言のように話し始めた。
「五十鈴さんグループは再来週の火曜日、華宮の夏祭りに行くそうですよ」
「…」
「…」
それを聞いて二人は顔を見合わせる。
この情報は五十鈴さんとお近づきになりたいクラスメイトにとっては重要な情報だ。知っていれば今回みたいな偶然ではなく、事前に計画を練って会いに行ける。
「それでは僕は失礼します」
これ以上の助言は余計なお世話になりかねないから、ここで失礼する。彼らの作戦が成功して五十鈴さんの友達が増えれば万々歳なんだけど。
※
水分補給をしながら休憩所に戻ると、みんなはもう帰り支度を進めていた。
「園田、そろそろ帰るぞ~」
そう言って西木野さんがそばに寄って来る。
「それにしても…園田はお節介な奴だよな」
続けてそう囁いてくる。
どうやらさっきのやりとりを見ていたようだ。
「そういう西木野さんだって気になるでしょう、クラスメイトのこと」
「まあな~…でも夏はみんなの好きにさせるつもりだ。秋頃になってもまごついてるようだったら、クラス全員の尻を叩いてやる」
「そ、そうですか」
西木野さんは頼もしいクラス委員長だな。
「二年に上がったらクラス替えでバラバラになるんだし、学園祭までには五十鈴さんの誤解を解きたいよな」
「…そうですね」
クラス替えは華岡学園で毎年行われる。
わだかまりを残したまま別々のクラスになってしまうなんて、そんな結末は誰も望んでいない。
「園田くん……」
そうこう話していると五十鈴さんがこちらに近付いてきた。
「泳ぎとか、今日のこと、いろいろありがとう……!」
五十鈴さんは感謝の気持ちを伝えてくれる。
「いえいえ、お安い御用ですよ」
僕はそう言って笑い返した。
もし二年で僕と五十鈴さんが別々のクラスになったら………いや、それは今考えても仕方がないことだ。
41 大きなプールに行きたい。×